借主の軽微な契約違反だけでは解除できない賃貸借契約「信頼関係破壊の法理」


契約の相手方が契約内容に反した場合には、もう一方の当事者は、契約を解除することができるのが通常です(民540以下)。

ところが、賃貸借契約など継続的な信頼関係に基づく契約の場合には、少しの契約違反だけでは、契約を解除できません。すなわち「契約違反が相手方との信頼関係を破壊するに至ったという程度に達しなければ解除できない」という『信頼関係破壊の法理』というものがあります。

ご紹介いたします。

もくじ
  1. 債務不履行があった場合
  2. 賃貸借契約の解除と「信頼関係破壊の法理」
  3. 判例のご紹介
  4. 人気の関連ページ

債務不履行があった場合


契約の相手方に債務不履行があるときには、もう一方の当事者は相手方に対して債務の履行を催告したうえで、契約を解除できる(民法541条)のが原則です。 

ところが、継続的な信頼関係に基づく契約(賃貸借契約など)の場合には、家賃の支払いがちょっと遅れただけ、すなわち「少しの債務不履行(契約違反)だけでは、賃貸借契約を解除できず、借主の債務不履行が貸主との信頼関係を破壊するに至ったという程度に達しなければ解除できない」という理論が生まれました。これを『信頼関係破壊の法理』といいます。

家賃滞納による解除の場合

滞納賃料であれば6か月程度滞納がたまれば「信頼関係が破壊された」と評価する裁判所が多いです。ただし、訴訟の準備などもありますので、2~3か月滞納がたまれば、司法書士にご相談ください。

訴訟などの流れは、コチラ「家賃滞納による建物明渡請求」をご参照ください。

賃借権の無断譲渡・無断転貸による解除の場合

賃借権を第三者に譲渡したり、又貸ししたりすることを認める特約がない限り、賃借人は賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができません(民612)。

単に、個人商店が(株式会社や合同会社などに)法人化した場合などは、信頼関係は破壊されたとは評価されません(後掲・最高裁昭和39.11.19判決)。

用法違反による解除の場合

賃借人は賃貸借契約で定められた用法にしたがって建物を使用収益すべき義務があります (民616→同594Ⅰ)。以下は全て用法違反に該当します。

  • 無断増改築(借りている建物を賃貸人に無断で増築したり、又は改築すること)
  • 使用目的違反(用途を事務所として借りたのに、飲食店を経営するなど)
  • ペット飼育禁止特約の違反

その程度が信頼関係を破壊していると認められる場合には解除できます。

賃貸借契約の解除と「信頼関係破壊の法理」


賃借人の債務不履行に基づいて、賃貸人が賃貸借契約を解除する(賃貸人が原告となり、賃借人を被告として建物明渡請求訴訟をする)場面においては、「信頼関係破壊の法理」は、次のように「被告側が主張立証すべき『抗弁事実』」に位置づけられます。

要件事実

(=原告が主張立証すべき事実)

抗弁事実

(=被告が主張立証すべき事実)

① 賃貸借契約の成立  
② ①に基づく賃借人への目的物の引渡し  

③A 無断譲渡・転貸禁止特約

③B 無断増改築禁止特約 

 

④A 無断譲渡・転貸した

④B 無断増改築した

④C 賃料未払

  • 包括的承諾があった【1】
  • 明示的承諾があった【2】
  • 黙示の承諾があった【3】
  • 信頼関係の不破壊【4.5】
⑤ 解除の意思表示  

【1】誰に対しても譲渡・転貸OKなどという包括的な意味

【2】年月日どこどこでor年月日までに承諾を得た。

【3】具体的事実を積み重ねて立証

【4】「④は、信頼関係を破壊するほど背信的ではないので、解除が制限される」と主張立証していく【信頼関係破壊の法理】。

この主張は抗弁に回る(最一小判昭和41年4月21日民集20巻4号720頁(「信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りない事由が主張立証された」との判示)参照。岡口基一『要件事実マニュアル第5版第2巻民法2』ぎょうせい/2016年/330頁。)

【5】信頼関係不破壊のための主張・立証すべき事実

① 不払い賃料の金額

② 不払いの期間

③ 契約及び不払いに至った事情

④ 賃借権の存否、範囲等についての争い

⑤ 賃借人の支払い能力、支払い意思

⑥ 賃借人の過去における支払い状況

⑦ 催告の有無、適否

⑧ 催告の到達後または解除の意思表示後の賃借人の対応、態度等

(【5】につき、丸の内ソレイユ法律事務所・編『リーガルクリニック・ハンドブックー法律相談効率化のための論点チェックー』ぎょうせい/平成24/33頁)

判例のご紹介


最高裁昭和27年4月25日判決

賃貸借は当事者相互の信頼関係を基礎とする継続的契約であるから、賃貸借の継続中に、当事者の一方に、その義務に違反し信頼関係を裏切つて、賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為のあつた場合には、相手方は、民法第541条所定の催告を要せず、賃貸借を将来に向つて解除することができるものと解すべきである。

 

最高裁昭和28年9月25日判決(判時12.11など)

賃借人が賃貸人の承諾なく第三者をして賃借物の使用または収益をなさしめた場合でも、賃借人の当該行為を賃貸人に対する背信的行為と認めるにたらない本件の如き特段の事情があるときは、賃貸人は民法第612条第2項により契約を解除することはできない。

 

最高裁昭和39年7月28日判決

家屋の賃貸借において、催告期間内に延滞賃料が弁済されなかつた場合であつても、当該催告金額9,600円のうち4,800円はすでに適法に弁済供託がされており、その残額は、統制額超過部分を除けば、3,000円程度にすぎなかつたのみならず、賃借人は過去18年間にわたり当該家屋を賃借居住し、右催告に至るまで、右延滞を除き、賃料を延滞したことがなく、その間、台風で右家屋が破損した際に賃借人の修繕要求にもかかわらず賃貸人側で修繕をしなかつたため、賃借人において2万9000円を支出して屋根のふきかえをしたが、右修繕費については本訴提起に至るまでその償還を求めたことがなかつた等判示の事情があるときは、右賃料不払を理由とする賃貸借契約の解除は信義則に反し許されないものと解すべきである。

 

最高裁昭和39年11月19日判決(判タ170-122)

賃借家屋を使用してミシン販売の個人営業をしていた賃借人が、税金対策のため、これを株式会社組織にしたが、その株主は賃借人の家族や親族の名を借りたにすぎず、実際の出資はすべて賃借人がなし、該会社の実権はすべて賃借人が掌握し、その営業、従業員、店舗の使用状況等も個人営業の時と実質的になんら変更がない等判示事実関係のもとにおいては、賃貸人の承諾なくして賃借家屋を右会社に使用させていても、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるから、賃貸人に民法六一二条による解除権が発生しない。

(要旨はWestlawJapan)

 

最高裁昭和43年11月21日判決

家屋賃貸借契約において、1か月分の賃料の遅滞を理由に催告なしで契約を解除することができる旨を定めた特約条項は、賃料の遅滞を理由に当該契約を解除するにあたり、催告をしなくても不合理とは認められない事情が存する場合には、催告なしで解除権を行使することが許される旨を定めた約定として有効と解するのが相当である。

 

最高裁昭和59年12月13日判決

公営住宅の入居者が公営住宅法22条1項所定の明渡請求事由に該当する行為をした場合であつても、賃貸人である事業主体との間の信頼関係を破壊するとは認め難い特段の事情があるときは、事業主体の長がした明渡請求は効力を生じない。

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