株式を上場すると株式事務はどう変わるのか?
上場すると株式に関する事務だけ見ても複雑になります。例えば、関係者は証券保管振替機構・金融庁・証券取引所・株主名簿管理人・証券会社と一気に増えます。法律は、振替法・金商法・証券取引所上場規程も加わります。
この記事は①投資家、②上場を目指す企業、③相続手続で上場株式の名義変更をする方などに向けて執筆しました。
もくじ | |
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〔凡例〕この記事では次のとおり略記します。
会:会社法
振替法:社債、株式等の振替に関する法律
金商法:金融商品取引法
開示令:企業内容等の開示に関する内閣府令(昭和48年大蔵省令第5号)
東証規程:東証有価証券上場規程
東証施行規則:東証有価証券上場規程施行規則
すべての会社は、株主名簿を作成し、株主が誰なのかを明らかにしておく必要があります。
ところが、上場会社の株主名簿の管理は、非上場会社のそれと大きく異なります。
株式を売却した場合、株主は株主名簿の名義書換請求を行ないます。
株主名簿名義書換請求の手続でも、非上場会社と上場会社では下表のとおり大きな違いがあります。
非上場会社の場合 (株主名簿管理人なし) |
(株式売買)→株主→(名義書換請求)→株式会社【1】 (会133) |
非上場会社の場合 (株主名簿管理人あり) |
(株式売買)→株主→(名義書換請求)→株主名簿管理人【1】 (会123) |
上場会社の場合 |
(株式売買)→証券会社→(名義書換請求)→証券保管振替機構(ほふり)が管理する「振替口座簿(振替法12·12868·88·91)」の名義書換(振替法151)66-112は社債 |
振替制度を採用した発行会社では、株主名簿は証券保管振替機構名義になっており、実質的な株主を知らない(振替法150Ⅲ)。 その不都合を解消するため、証券保管振替機構は株主名簿管理人(株式会社)に実質株主を通知する2つの制度が設けられている。
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【1】非上場かつ非公開会社の場合には、株主は株式売却「前に」会社に対して、株式譲渡承認請求を行ないます。
上場会社の株式については「社債、株式等の振替に関する法律(平成13年法律第75号)(以下「振替法」といいます。)」の適用を受ける点が、非上場会社との違いです。
株式等振替制度とは、振替法により、上場会社の株式等に係る株券等をすべて廃止し、株券等の存在を前提として行われてきた株主等の権利の管理(発生、移転及び消滅)を、機構及び証券会社等に開設された口座において電子的に行うものです。
株式会社証券保管振替機構は、株券などの有価証券の保管、受け渡しを簡素化することを目的として制定された機関(振替法2Ⅱ、3、8)であり、日本で唯一の保管振替機関。略称「ほふり」。
「ほふり」が取り扱うのは、金融商品取引所に上場されている株式、新株予約権、新株予約権付社債、投資口、優先出資、投資信託受益権(ETF)及びそれらに準ずるものであって、発行者の同意を得たものです。
〔参照〕
株式等振替制度とは/株式会社証券保管振替機構/最終アクセス221010
証券保管振替機構/初めてでもわかりやすい用語集/SMBC日興證券/最終アクセス221010
下図は、株式会社証券保管振替機構(ほふり)と各当事者の関係です。日本組織内司法書士協会(著)/司法書士目線で答える会社の法務実務/日本加除出版/H30/8頁を筆者において加工して作成しました。
なお、「★★で囲った文字」が法令上の用語です。
下表は、証券保管振替機構(ほふり)に関して、発行者(上場企業)や加入者(株主)が知っておくべき手続の一覧です。
場面 | 具体的な手続き | |
新規記録手続 | 新規上場 |
会社が新規上場を行う際、既存株主において次の手続きが必要です。
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上場会社が増資 | 新規上場時とは異なり、特別口座は開設されません。 | |
振替手続 | 株式譲渡 |
振替の申請により、譲受人がその口座における保有欄に当該譲渡に係る数の増加の記録を受けなければ、その効力を生じません(振替法140)。 振替の申請は、振替によりその口座において減少の記録がされる加入者(譲渡人)が、その直近上位機関(加入者の口座を開設する口座管理機関)に対して行います。 |
株式質入れ | 振替の申請により、質権者がその口座における質権欄に当該質入れに係る数の増加の記録を受けなければ、その効力を生じません(振替法141)。 | |
単元未満株式の手続 | 買取請求(会192) |
加入者(株主)は、口座管理機関(証券会社)に対して、自己の口座に記録されている単元未満株式についての買取請求の取次ぎを請求することができます。 買取請求の対象となる単元未満株式を発行会社の口座に振り替えるための振替申請をあわせて行ないます。 |
売渡請求(会194) | 発行会社が単元未満株式売渡請求制度を採用している場合には、加入者は、口座管理機関に対して、自己の口座に記録されている単元未満株式にかかる売渡(買増して単元株とするよう)請求の取次ぎを請求することができます。 | |
一部抹消手続 | 自己株式売却 | 発行会社が自己株式を消却するときは、発行会社の口座に記録されている自己株式の記録を抹消するための一部抹消手続きを行ないます(振替法158)。 |
組織再編等 | 組織再編 | たとえば吸収合併をする場合に、存続会社と消滅会社が共に上場会社であって、合併対価として消滅会社の株主に存続会社の振替株式が割り当てられるときには、口座管理機関は、機構からの合併情報の通知に基づき、効力発生日に、すべての加入者の口座について、消滅会社株式の数に割当比率を乗じた数の存続会社株式の記録と、消滅会社株式の抹消を行います。 |
株式分割・株式併合 | 振替株式について株式分割や株式併合が行われるときも、組織再編の場合と同様に、加入者の口座で自動処理されます。 | |
総株主通知 |
総株主通知は、振替機関(株式会社証券保管振替機構)が、振替法第151条に基づき、株主確定日における振替口座簿の記録事項を発行会社に通知するものです。 株式会社証券保管振替機構は、総株主通知等に係る準備のため、あらかじめ口座管理機関(証券会社)から、加入者(株主)の氏名又は名称その他の必要な事項の通知を受け、加入者の名寄せその他の必要な管理を行います。 |
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個別株主通知 |
個別株主通知は、振替機関(株式会社証券保管振替機構)が、振替法第154条に基づき、少数株主権等を行使しようとする加入者に係る振替口座簿の記録事項を発行会社に対して通知するものです。 少数株主権を行使しようとする加入者は、口座管理機関(証券会社)を通じて、振替機関から発行会社に対して、個別に株主情報の通知を行うよう申し出る必要があります。株主が証券会社に依頼してから原則4営業日で上場会社に通知されます。請求をした株主は、この通知の到達後に権利行使が可能となります。 |
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第三者からの情報提供請求 | 加入者について利害関係を有する者も、正当な理由があるときは、加入者の直近上位機関に対して当該直近上位機関が定める費用を支払って、振替口座簿の記録事項を証明した書類の交付又は当該事項に係る情報の提供を請求できます。 | |
剰余金の配当 | 登録配当金受領口座方式 | 加入者が、あらかじめ、ひとつの金融機関預金口座を口座管理機関に対して通知し、当該口座管理機関から通知を受けた振替機関が総株主通知の際に、当該預金口座を当該加入者が保有する銘柄の発行会社に通知することにより、株主が、すべての銘柄の配当金を単一の預金口座で受領する仕組みです。 |
株式数比例配分方式 | 加入者が、あらかじめ、配当金の受領を口座管理機関に対して委任することによって、当該口座管理機関が加入者にかわって配当金を受領する仕組みです。 | |
単純取次 | 加入者が、あらかじめ、個別の銘柄ごとに配当金を受領する金融機関預金口座を口座管理機関に通知し、その都度、振替機関が発行会社に対して、当該預金口座を通知することにより、株主が、個別銘柄ごとに指定した預金口座で配当金を受領する仕組みです。 |
用語は「社債、株式等の振替に関する法律(振替法)第2条」で定義づけされています。
振替法の条文に、適宜筆者が注記しました。
振替法第2条(定義) | |
1 (略)
2 この法律において「振替機関」とは、次条第1項の規定により主務大臣の指定を受けた株式会社をいう。(筆者注:株式会社証券保管振替機構のこと。)
3 この法律において「加入者」とは、振替機関等が第12条第1項又は第44条第1項若しくは第2項の規定により社債等の振替を行うための口座を開設した者をいう。(筆者注:株主のこと)
4 この法律において「口座管理機関」とは、第44条第1項の規定による口座の開設を行った者及び同条第2項に規定する場合における振替機関をいう。(筆者注:証券会社のこと)
5 この法律において「振替機関等」とは、振替機関及び口座管理機関をいう。
6 この法律において「直近上位機関」とは、加入者にとってその口座が開設されている振替機関等をいう。
7 この法律において「上位機関」とは、次のいずれかに該当するものをいう。
一 直近上位機関
二 直近上位機関の直近上位機関
三 前号又はこの号の規定により上位機関に該当するものの直近上位機関
8~11 (略)
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上場企業が株式事務に際して「通知すべき関係機関」と「通知すべき事項」は次のとおりです。
振替株式の発行者である上場会社が、証券保管振替機構に対して通知すべき事項は次のとおりです。
引用元:振替株式の発行者/株式会社証券保管振替機構/最終アクセス221010には、書式等も掲載されている。
会社が金融庁に通知すべき事項は次のとおりです。
通知すべき会社・事項 | 届出・通知 |
大規模な出資・投資を募る会社(具体的には次のとおり)
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有価証券報告書(定期報告書) (金商法24Ⅰ) 内部統制報告書 (金商法24の4の4) 半期報告書 (金商法24条の5Ⅰ) |
1億円以上の有価証券の募集又は売出し【1,2】 |
募集売出前に 有価証券届出書 (金商法5Ⅰ) ▼ 事業年度経過後3か月以内に 有価証券報告書(臨時報告書) (金商法24Ⅳ) ▼ EDINETに掲載され、誰でも閲覧できる。 |
1000万円超·1億円未満の有価証券の募集又は売出し【1,2,3】 |
有価証券通知書(臨時報告書) (金商法4Ⅵ) |
その他の有価証券報告書(臨時報告書)の提出義務が生じる場合についての詳細は「企業内容等の開示に関する内閣府令(昭和48年大蔵省令第5号)第19条」を参照 |
内閣総理大臣に対して 有価証券報告書(臨時報告書)(金商法24Ⅳ) ▼ EDINETに掲載される。 |
【1】募集と売出しの定義
【2】通算して50名や1000万円・1億円を超える場合は、届出書・通知書の提出が必要です(金商法4Ⅰ⑤、開示令2Ⅴ)
【3】非上場会社にも適用されます。
会社が証券取引所に通知すべき事項は次のとおりです。
通知すべき事項 | 通知方法 | |
投資家の投資行動に影響するような重要事実が発生したとき (東証規程402以下) |
発生事実(災害等による損失発生、主要株主の異動など) |
適時開示 |
決定事実(募集株式発行、株式償却、合併など) |
適時開示 | |
(東証規程421、東証施行規則416以下)の場合 |
有価証券変更上場申請書【1】 |
【1】変更に「先立って」通知する必要がある。
会社が株主名簿管理人に通知すべき事項は次のとおりです。
ただし、株主名簿管理人に委託する業務の内容は、会社と株主名簿管理人との間の契約内容で決まっています。会社法手続を行ったときには、自社で判断せず、とりあえず株主名簿管理人に通知しておけば良いでしょう。
会社が証券会社に通知すべき事項は次のとおりです。
上場会社から信託銀行(証券口座管理機関)に依頼をすると、すぐに作ってくれます。