非上場株式等についての納税猶予を受けると、株式の質入れを税務署(国税局)から請求されます。
会社や株主がお金を借りる場合にも、株式の質入れ(質権設定)を請求されることがあります。
そんなときにご参照ください。
もくじ | |
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〔凡例〕この記事では次のとおり略記します。
民:民法
会146Ⅰ:会社法第146条第1項
商:商法
住宅ローンや事業融資でお金を借りる場合、自宅や社屋に抵当権(根抵当権)を設定されることがあります。ところが、この抵当権をつけることができるのは不動産(土地・建物)に限定されています(民法369)【1】。
そこで、不動産以外の財産を担保にするときには「質権」を利用します。株式も不動産ではありませんので、抵当権の目的にすることはできず、質権を設定することとなります(会146Ⅰ)。
【1】厳密には、質権/抵当権が設定できるのは次のとおりです。
質権設定可否 | 抵当権設定可否 | |
動産 | ○(民352) | ×(民369) |
自動車 |
×運行の用に供するもの (自動車抵当法20) |
○(自動車抵当法3) |
建設機械 |
○登記していない建設機械 ×登記した建設機械 (建設機械抵当法25) |
×登記していない建設機械 ○登記した建設機械 (建設機械抵当法5) |
農業用動産 |
○登記しないもの ×登記したもの (農業動産信用法12以下) |
×登記しないもの ○登記したもの (農業動産信用法12以下) |
立木 | × |
○登記したもの (立木ニ関スル法律2Ⅱ) |
土地・建物 | ○(民356) | ○(民369Ⅰ) |
地上権・永小作権 | ○(民362) | ○(民369Ⅱ) |
不動産の賃借権 | ○(民362) | ×(民369) |
漁業権 | × | ○(漁業法78) |
採掘権 | × | ○(鉱業抵当法) |
質権は、抵当権と似たようなものですが、少し違います【2】。
【2】抵当権、質権、所有権などの権利を物権といいます。わが国の民法は、物権法定主義を定めており(民175)、物権の種類ごとの性質は、法律で定まっています。これは、「僕の所有権ではこの物を売ることができません」「私の所有権ではこの物を売れます」などという事態が発生すると混乱してしまうからです。
株券発行会社と株券不発行会社で、会社が求められる対応も異なります。
株券発行会社 | 株券不発行会社 |
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株式に質権を設定する場合、「略式質」と「登録質」があります。
株券発行会社 | 株券不発行会社 | ||
効力発生要件 | 質権設定契約+株券の引渡し(会146Ⅱ) | 質権設定契約 | |
対抗要件 | <対会社・対第三者>【3】 | ||
A)質権者の住所・氏名を株主名簿に記載すること(会147Ⅰ) | |||
「又は」 | |||
B)継続して株券を占有(会147Ⅱ) | |||
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継続して株券を占有するが、質権者の住所及び氏名を株主名簿に記載しない質権を【略式質】という。 | 継続して株券を占有のうえ、質権者の住所及び氏名を株主名簿に記載する質権を【(株券発行会社の)登録質】という。 | 質権者の住所及び氏名を株主名簿に記載する質権を【(株券不発行会社の)登録質】という。 | |
略式質は、 ○第三者に対抗できる。 ○会社に対抗できる。 |
登録質は、 ○第三者に対抗できる。 ○会社にも対抗できる。 |
登録質は、 ○第三者に対抗できる。 ○会社にも対抗できる。 |
【3】第三者に対する対抗要件と、株式会社に対する対抗要件は同じである(会147Ⅰ)
CF.株式譲渡担保
略式株式質権者が差押え(民法 362 条・350 条・304 条)をせずに会社から「剰余金の配当」を受けることができるか否かについて争いあり(加藤貴仁・新注釈民法(6)581-583 頁)。
株式担保の「もう一つの方法」に譲渡担保があります。
そして、譲渡担保にも「略式株式譲渡担保」と「登録株式譲渡担保」があります。
株券発行会社 | 株券不発行会社 | ||
効力発生要件 | 譲渡担保権設定契約+株券の引渡し(会130) | 譲渡担保権設定契約 | |
対抗要件 | <対会社>【4】 | <対会社・対第三者> | |
①取得者(譲渡担保権者)の住所・氏名を株主名簿に記載すること(会130Ⅰ) | |||
②継続して株券の占有必要(会130Ⅱ) | ②占有すべき株券はない。 | ||
<対第三者>【4】 | |||
①(株主名簿の名義書換を要さず)継続して株券を占有することが第三者対抗要件となる。 | |||
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継続して株券を占有するが、取得者(譲渡担保権者)の住所・氏名を株主名簿に記載しない譲渡担保を【略式株式譲渡担保】という。 | 継続して株券を占有のうえ、取得者(譲渡担保権者)の住所・氏名を株主名簿に記載する譲渡担保を【(株券発行会社の)登録株式譲渡担保】という。 | 取得者(譲渡担保権者)の住所・氏名を株主名簿に記載する譲渡担保を【(株券不発行会社の)登録株式譲渡担保】という。 | |
略式株式譲渡担保は、 ○第三者には対抗できる。 ×会社には対抗できない。 |
登録株式譲渡担保は、 ○第三者に対抗できる。 ○会社にも対抗できる。 |
登録株式譲渡担保は、 ○第三者に対抗できる。 ○会社にも対抗できる。 |
【4】株券発行会社の譲渡担保の場合、第三者に対する対抗要件と、株式会社に対する対抗要件が異なります(会130Ⅱ)。CF.株式質
質権か譲渡担保か迷ったときには、質権を選択するのが無難です。
定款に株式の譲渡制限に関する規定がある場合には、次のとおりです。
質権の設定時点 | 株式会社の承認は「不要」です。 |
質権実行により株式を取得した時点 |
株式会社の承認が「必要」です。【1】
この場合、株式取得者が取締役会の承認を求めることになります(会社法137条)。 |
【1】単独の株主がその所有する株式に質権を設定していた場合、株式譲渡承認決議なしに譲渡の効果が生じるとする最高裁判例(最高裁三小法廷平成5年3月30日判決〔平元年(オ)1006号、株主総会決議不存在等確認請求事件)がありますので、注意が必要です。
登録質の場合であっても質権は議決権に及ばないので、招集通知は質権設定者である株主に対して送付します(詳解株式実務ガイドブック/東京証券代行株式会社・編/中央経済社/2015/102頁)
概ね次のような記載になろうかと思います。
株主名簿 |
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株主 番号 |
氏名又は名称 |
郵便 番号 |
住所又は本店 | 株式数 | 株式の種類 | 株式(質権)を取得(設定)した年月日 | 発行された株券の番号 | 備考 |
1 | 佐藤大輔 | 657-0044 | 神戸市灘区・・・ | 100 | 普通 | 平成28年12月1日 | 不発行 | 1の1に質入れ |
1の1 | 万田金融 | 556-0000 | 大阪市浪速区・・・ | 100 | 普通 | 令和4年11月1日 | 不発行 | 登録株式質権者 |
2 | 佐藤○○ | 657-0044 | 神戸市灘区・・・ | 20 | 普通 | 令和2年2月2日 | 不発行 |
質権者は「株主名簿記載事項証明書(場合によっては法人印鑑証明書を添えて)」の提出を要求してくることが通常です。
会社法149条では「当該登録株式質権者についての」となっていることから、全株主を記載する必要はありません。
株主名簿記載事項証明書 |
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株主 番号 |
氏名又は名称 |
郵便 番号 |
住所又は本店 | 株式数 | 株式の種類 | 株式(質権)を取得(設定)した年月日 | 発行された株券の番号 | 備考 |
1 | 佐藤大輔 | 657-0044 | 神戸市灘区・・・ | 100 | 普通 | 平成28年12月1日 | 不発行 | 1の1に質入れ |
1の1 | 万田金融 | 556-0000 | 大阪市浪速区・・・ | 100 | 普通 | 令和4年11月1日 | 不発行 | 登録株式質権者 |
上記は、当会社の本日現在時点の株主名簿記載事項証明書に相違ない。 | ||||||||
令和4年11月1日 | ||||||||
神戸市灘区・・・ | ||||||||
○×△株式会社 | ||||||||
代表取締役 □□ □□ (法人実印) |
質権の実行は、競売(売却代金から優先弁済を受ける方法)又は流質契約による代物弁済(被担保債権が商行為によるなど特定の場合に限られます)です(民354)。