司法書士の契約書作成権限


「契約書作成は司法書士の業務です」が、若手司法書士の中には、これに疑問を持つ方もいると聞きます。そこで、私なりに調べた結果を共有します。司法書士及び行政書士の沿革、判例、通達いずれを当たっても「司法書士は契約書全般の作成権限を有している」との結論にたどり着きます。

 

なお、本論考は「司法書士」の契約書作成権限について述べたものであって、「行政書士」の契約書作成権限について述べたものではありません(行政書士にも、契約書作成権限があることを否定する趣旨ではありません。)。

 

※ 資料収集等に関して同業先生方のお力をお借りしました。ありがとうございます。

問題の所在


契約書作成を行政書士の独占業務と勘違いしてしまうのは、行政書士法に次の規定が存在しているためだと思われます。

行政書士法第1条の2(業務)
 
  1. 行政書士は、他人の依頼を受け報酬を得て、官公署に提出する書類(中略)その他権利義務又は事実証明に関する書類(実地調査に基づく図面類を含む。)を作成することを業とする。
  2. 行政書士は、前項の書類の作成であつても、その業務を行うことが他の法律において制限されているものについては、業務を行うことができない。
行政書士法第19条(業務の制限)
 
  1. 行政書士又は行政書士法人でない者は、業として第1条の2に規定する業務を行うことができない。ただし、他の法律に別段の定めがある場合及び定型的かつ容易に行えるものとして総務省令で定める手続について、当該手続に関し相当の経験又は能力を有する者として総務省令で定める者が電磁的記録を作成する場合は、この限りでない。
  2. 総務大臣は、前項に規定する総務省令を定めるときは、あらかじめ、当該手続に係る法令を所管する国務大臣の意見を聴くものとする。

行政書士会のホームページ等によると、「権利義務文書」「事実証明文書」はそれぞれ次のものを指すようです。

  • 権利義務:遺産分割協議書・離婚協議書・各種契約書など
  • 事実証明:履歴書、身分証明書など

さらに、行政書士法違反には刑事罰が用意されていることが、若手司法書士を無用に萎縮させているのだと思われます。

行政書士法第21条(罰則)
  次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
  1. (略)
  2. 第19条第1項の規定に違反した者

しかし、これからご説明するとおり「司法書士も契約書を作成することができる(契約書作成全般は間違いなく司法書士業務でもある)」と断言できます。

行政書士法の規定


行政書士法第1条の2は

「官公署に提出する書類及び権利義務又は事実証明に関する書類を作成すること」ではなく

「官公署に提出する書類その他権利義務又は事実証明に関する書類を作成すること」と規定しています。

 

法令では、限定列挙の場合、集合の全部を指し示して列挙するときは「及び」を用いる。非限定列挙の場合、「その他」は、具体的な名詞を列挙し、「その他」の後の抽象的な名詞の内容を類推させるものである【礒崎陽輔/分かりやすい公用文の書き方〔改訂版〕/ぎょうせい/2016年/90頁以下、礒崎陽輔/分かりやすい法律・条例の書き方〔改訂版〕/ぎょうせい/2016年/86頁以下】。

 

したがって、文理上、行政書士が独占業務として作成する書類は、権利義務又は事実証明に関する書類全般ではなく、官公署に提出する書類から類推される書類に限定される【鈴木正道司法書士著/司法書士と行政書士の権利義務に関する書類作成/日本の司法―現在と未来/日本評論社/2018/241頁以下参照。】。

 

最高裁も上記解釈を採用しています。すなわち、最判平成22年12月20日(平20年(あ)1071号)は「行政書士法1条の2第1項では『官公署に提出する書類その他権利義務又は事実証明に関する書類』とあり、文理上、『事実証明に関する書類』の内容については『官公署に提出する書類』との類推が考慮されなければならない。」としています。

さらに、同最判(裁判官宮川光治の補足意見)は「行政書士法1条の2第1項にいう『事実証明に関する書類』の外延は甚だ広く,行政書士法の立法趣旨に従い,その範囲は『行政に関する手続の円滑な実施に寄与し,あわせて,国民の利便に資する』(同法1条)という目的からの限定を受けるべきであるとともに,職業選択自由・営業の自由(憲法22条1項)と調和し得るよう合理的に限定解釈されるべきものである。」と、行政書士(会)が権利義務書類、事実証明文書を拡大解釈しようとする傾向に対して警告を発しています。

 

「その他」と「その他の」は異なるとの反論も見受けられます。

学者の説明を引用して回答とします。

「『Aその他B』と『Aその他のB』は、使い分けられている。

『Aその他B』は、論理的には『A及びB』と同じ意味である。

それに対し、『Aその他のB』という場合には、Aは、Bの例示である。『Aその他のB』は、論理的には、Bだけが挙げられているに等しい。(中略)次に掲げる憲法第21条第1項は、『その他』に関するルールでは説明が難しく、例外であると考えられる。

『その他』『その他の』のルールの例外(日本国憲法)

 

第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

② 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

第1項の『その他』の後が『一切の表現』という包括的な概念であり、『その他』の前に『出版』がある。『出版』は『一切の表現』の例であると考えるほうが、素直である。/『その他』『その他の』のルールには、このように、例外がある。例外は、他の法令にも若干、見られる。(以上、「その他」「その他の」の解説につき、東京大学法学部教授・白石忠志(著)/法律文章読本/弘文堂/令和6/47頁以下。)」

上記最判からすると、行政書士法の定めも例外と見るべきでしょう。

行政書士法施行時の通達


行政書士法はその施行の際に出された施行通知(昭和26年3月1日地自乙発第73号各都道府県知事宛地方自治庁次長通知)により、次のように他士業との業務範囲に関する規律が確認されています。

昭和26年3月1日地自乙発第73号各都道府県知事宛地方自治庁次長通知
 

第一 総括的事項

一 司法書士法、海事代理士法、公認会計士法、弁護士法、公証人法等、それらの業務を行うことが他の法律によって制限せられているものについては、行政書士法であってもその業務を行うことができないものとされていること。又建築代理士に関する条例が制定されている場合は、その条例はこの場合においては法律とみなされ、建築代理士の業務は、その資格を有しない限り行政書士であっても行うことができないものとされている点に注意すること(法第1条の2第2項、法附則10)

 

つまり、行政書士法は成立当初から司法書士法等で制限されている業務(書類作成)を認めていません。これは上記施行通知のほか裁判例でも一貫しています。例えば、平成20年1月30日福岡高裁宮崎支部判決(平成20年6月20日最高裁第二小法廷決定上告受理申立棄却)など。

平成20年1月30日福岡高裁宮崎支部判決(平成19年(行コ)第8号、土地家屋調査士業務禁止処分取消請求控訴事件)
 

司法書士は、その資格取得に不動産登記法や商業登記法といった登記の専門知識の修得を必須とするなど、登記に関して相当の専門知識を持つために登記業務を扱う十分な適格性を有するのに対し、行政書士は、行政書士制度の沿革等に照らし、主に行政官庁への提出書類の作成、私人間の権利義務関係や事実証明文書の作成等を専門とするものであり、行政書士としての業務を行うに当たっては、不動産登記法や商業登記法の知識が必ずしも必要的ではないことなどからすると、行政書士は、本来の業務又はその正当な業務に付随する行為として、代理人として登記申請手続をすることはできないというべきである(最高裁平成12年2月8日第3小法廷判決・刑集54巻2号1頁参照)。すなわち、司法書士法73条1項は、行政書士法1条の2第2項及び1条の3ただし書の「他の法律」に該当するというべきであり、司法書士法73条1項ただし書所定の除外事由があるとする控訴人の上記主張は、採用することができない。

(出典:登記情報567号2009.2)

最高裁平成12年2月8日判決


行政書士が登記申請を行ったとして、司法書士法違反で逮捕起訴された事件の上告審です。

当然のことながら、上告審において有罪が確定しています。

注目すべきは、事件を担当した調査官による判例の解説です。

調査官解説
  

登記原因証書となる売買契約書等は権利義務に関する書類であるから、一般的には行政書士が作成することができる書類に該当する。しかし、これらの書類は初めから登記原因証書として作成される場合には、登記申請の添付書類として法務局又は地方法務局に提出する書類に該当することから、司法書士が作成すべきであって行政書士が作成することはできないと解する。司法書士に関する事項を所掌する法務省、当時行政書士法の施行に関する事を所掌していた自治省とも、同様の見解に立っていた。したがって、行政書士は登記原因証書作成業務に付随して登記事務も行うことが出来るとの見解は前提において誤っているものと考えられる。

(刑集54巻2号1頁)

司法書士の沿革


ここまで読んだ司法書士の中には「登記添付書類を行政書士が作成できず、司法書士が作成するのは当然」とか「登記と関係ない契約書が問題だろう」などという感想をお持ちの方がいらっしゃるでしょう。ここからです。

まず司法書士の歴史から紐解く必要があります。

 

明治

司法書士は、明治5(西暦1872)年8月3日付太政官無号通達をもって制定された司法職務定制第10章「証書人代書人代言人職制」から始まりました。同第42条は「代書人 第一 各區代書人ヲ置キ各人民ノ訴状ヲ調成シテ其詞訟ノ遺漏無カラシム」と定めています。行政書士は「訴状ヲ調成」する権限を持たないので、ここでの代書人は司法書士のみを指し、明治5年の代書人を行政書士の起源とするのは誤りです。

当時の司法代書人は(現代の司法書士同様に)「訴状ヲ調成」する以外にも広範な書類作成業務を行っていました。その証拠に、明治36年11月5日付大阪府三島郡代書人組合の組合規約には「権利義務ニ関スル諸般ノ契約書類」作成したときの代書料に関する規定が残っています【前掲・鈴木正道/244頁以下参照】。

 

大正

大正時代、司法書士は、司法代書人法の改正を目指して活動を行い、司法代書人法に「関連書類」の作成を追加することを政府に要望していました。ここに「関連書類」というのは、裁判所や登記所に提出しない「権利義務ニ関スル諸般ノ契約書類」を指します。

これに対して、大正11年3月2日民事局長が「司法代書人ノ作成スル司法書類ハ、関連書類ヲ包含シアル」ので「権利義務二関スル諸般ノ契約書類」である「関聯書類」を追加挿入する必要はないと回答したことにより、上記法改正運動は収束しました【前掲・鈴木正道/256頁参照】。

 

昭和

昭和47年、新日本法規出版の「現代契約書式要覧」初版が出版されました。同書は司法書士が重宝する加除式の契約書式集ですが、その「はしがき」冒頭には「本書は、司法書士、行政書士、一般会社の契約担当者等を主な対象として編さんされた契約の書式集である。」とあります。言うまでもなく同社は民間企業ですが、司法書士を主なターゲットとしていたことが窺えます。しかも、行政書士よりも「前に」記載されています。

 

平成

平成26年、有斐閣から阿部・井窪・片山法律事務所が編著した「契約書作成の実務と書式―企業実務家視点の雛形とその解説」の初版が出版されました。一橋大学名誉教授の竹下守夫先生は「本書を、大小の企業の契約事務担当者、自ら契約を締結する事業主の皆さん、これらの方々に法的助言をされる弁護士、司法書士などの法律専門職の皆さんに、是非お薦めしたい。」と、同書に「推薦の辞」を贈っています。そして、弁護士、司法書士に対して推薦する一方で、行政書士には触れていません。

 

平成28年、日司連では、復興庁からの要請を受け、自治体職員向けに、定期借地権設定契約書案を提供するとともに同契約に関する講習を行っています【司法書士白書2016年版/123頁】。

 

平成31年版司法書士白書には「司法書士は、当事者が直面する社会生活上の困難に対し、司法書士の従来業務を活用し、法的支援をすることができる。同性カップルに対しては、パートナーシップ契約書の作成を支援することにより(以下略)」との記載があります【司法書士白書2019年版/87頁】。

 

裁判例

以下の裁判例は、WestlawJapanにおいて検索語を「司法書士 契約書作成 無効」等と指定して抽出された裁判例67件のうち「司法書士が契約書作成等に関わった」裁判例です。

  1. 広島高裁平成16年3月30日判決(平14(ネ)408号)不動産の賃貸借契約書を作成。
  2. 東京地裁平成19年3月30日判決(平17(ワ)4481号・平17(ワ)14559号)不動産の贈与契約書を作成。
  3. 知財高裁平成23年10月13日判決(平23(ネ)10040号)特許権の譲渡・金銭消費貸借契約書作成。
  4. 東京地裁平成26年6月24日判決(平24(ワ)34270号)不動産の売買契約書を作成。
  5. 東京地裁平成26年9月22日判決(平23(ワ)21450号)請負契約書の内容精査。
  6. 神戸地裁尼崎支部平成27年2月6日判決(平25(ワ)303号)株式交換契約の相談を受託。
  7. 東京高裁令和2年3月31日判決(平30(ネ)1475号)不動産の賃貸借契約書を作成。
  8. さいたま地裁川越支部令和2年7月9日判決(平31(ワ)241号)不動産の売買契約書を作成。
  9. 東京地裁令和2年11月6日判決(平31(ワ)3163号)不動産を含む全財産の贈与契約書作成。
  10. 東京地裁令和3年8月17日判決(令2(ワ)7657号)全財産の負担付死因贈与契約を作成。なお、争点が預貯金であったため全財産に不動産が含まれているか判決文からは読み取れなかった。
  11. 東京地裁令和3年9月17日判決(平31(ワ)11035号)不動産を含む財産についての家族信託契約書の作成。

裁判例においても司法書士が作成した契約書が多数登場しますが

➊「司法書士には契約書作成権限がない」等との理由で当該契約書が無効となった事例又は

➋契約書作成は司法書士の業務範囲外であるとした事例

は一切見当たりませんでした。

行政書士の沿革


行政書士の始まり

行政代書人は、町村役場へ提出する文書の作成を業とする者であり、欠格事由に該当しなければ、誰でも事務所の所在地を所轄する警察署の許可を得て、代書業を営むことができた(代書業者取締規則〔警視庁令〕法律新聞第375号、明治39年9月5日、25頁~26頁)。

【日本司法書士史―明治大正昭和戦前編/ぎょうせい/昭56/265頁以下、地方自治制度研究会・編集/詳解行政書士法第4次改訂版/ぎょうせい/H28/446頁以下】。

 

大正8年司法代書人法

大正8年の第41回帝国議会衆議院の司法代書人法案提出の理由申述のなかで、法案提出者鈴木富士彌議員は、次のとおり述べています。

法案提出者鈴木富士彌議員
 

御承知ノ如ク代書人ニハ、行政代書人ト司法代書人ノ二種類アリマシテ、行政代書人ハ町村役場へ提出スル文書ノ作製ヲ業トスルモノデアリマシテ、是ハ格別専門ノ智識ヲ要セズ、又其文書ニ誤謬遺脱等ガアリマシテモ、之ヲ訂正スルコトハ極メテ容易デアリ、又斯様ナ事ガアッテモ、決シテ之ガ爲メニ當事者ガ非常ナ損害ヲ被ルト云フコトハ無イノデアリマスガ、司法代書人ハ是ト異リマシテ、之ヲ作製スルニ、法律上ノ專門ノ智識ガ多少要スルノミナラズ、一度生ジタル誤謬遺脱ハ、後日囘復スベカラザル損害ヲ當事者ニ與フルガ常デアリマス、此點ニ於キマシテハ、行政代書人ト一列ニ律スルコトハ出来マセヌ【前掲・日本司法書士史/244頁以下参照。】。

この時代における司法代書人と行政代書人の地位の軽重、その権限の大小は一目瞭然です。

 

大正9年(行政)代書人取締規則

大正9年、これまで「各府県の市郡役所及び警察署等に関する代書人取締規程は(中略)甚だしく不統一な為に」内務省が統一的な「(行政)代書人取締規則」を制定しました【前掲・日本司法書士史/249頁参照。】。

代書人取締規則第一條
 

本令二於テ代書人ト稱スルハ他ノ法令二依ラスシテ他人ノ嘱託ヲ受ケ官公署二提出スヘキ書類其ノ他権利義務又ハ事實證明二關スル書類ノ作製ヲ業トスル者ヲ謂フ

現行行政書士法と比較すると、代書人取締規則から文言の変更がないことが明らかであり、大正9年から現在に至るまで、行政書士が作成できる書類について定めた法令の文言は、一言一句変わっていません。

(現行)行政書士法第1条の2
 

行政書士は、他人の依頼を受け報酬を得て、官公署に提出する書類(中略)その他権利義務又は事実証明に関する書類を作成することを業とする。

(行政)代書人取締規則施行時の通達

なお、(行政)代書人取締規則施行に際して発出された通達では①官公署に提出する書類の付属書類のようなものに限定する旨、及び②官公署に提出しない権利義務又は事実証明に関する書類作成を業とする者には、代書人規則を適用しない旨が明示されています。

代書人規則施行二關スル件依命通牒(大正九年二月二五日内務省秘第一二〇九號)
 

二、第一條ノ書類中ニハ其ノ附屬圖面ノ如キ之ヲ包含スト雖單ニ設計圖、測量圖類ノ作製ノミノ依頼ニ應スルコトヲ業トスル者ハ之ニ包含スルモノニアラス叉單ニ書翰ノミノ代書ヲ業トスル者ニシテ稀ニ権利義務ニ關スル書翰ヲ代書スルコトアルヘキモ是等ハ強ヒテ本規則ヲ以テ臨ムノ趣旨ニアラス

この通達は、前掲・最判平成22年12月20日へと繋がっていきます。

したがって、大正9年から平成22年までの間、行政書士の契約書作成権限は、一切拡大しておらず、行政書士の独占業務などには成っていないのは明らかです。

 

(行政)代書人取締規則の失効

昭和22年12月31日(行政)代書人取締規則が失効し、昭和26年3月1日行政書士法が施行されるまで、およそ3年と2か月もの長きに渡り行政書士業務(官公署に提出する書類の付属書類としての権利義務文書作成を含む。)は誰でも行うことができる状態となっていました【前掲・鈴木正道/251頁】。 

因みに、司法書士法は昭和22年12月17日改正され、一度も失効したことはありません。

 

 

(小括)沿革から分かること


司法書士の沿革だけを概観しても、司法書士に権利義務書類作成権限があることは明らかです。

また、(行政)代書人取締規則制定当時の「司法書士と行政書士の地位の軽重」に鑑みても、(行政)代書人取締規則が、司法書士から権利義務文書作成の権限を剥奪するものでないことは明らかです。

さらに、3年2か月間も誰でもできる仕事であった権利義務文書作成を、司法代書人(の後継たる司法書士)がなし得ない筈がありません。 

 

 

司法書士法第1条(使命規定)


令和2年8月1日施行された改正司法書士法には使命規定が設けられました。

司法書士法第1条(司法書士の使命)
 

司法書士は、この法律の定めるところによりその業務とする登記、供託、訴訟その他の法律事務の専門家として、国民の権利を擁護し、もつて自由かつ公正な社会の形成に寄与することを使命とする。 

使命規定創設の理由について、法務省の役人である村松秀樹氏(法務省民事局民事第二課長)、竹下慶氏(法務省民事局付兼登記所適正配置対策室長)及び中丸隆之氏(法務省民事局付)は次のとおり解説しています。

すなわち「司法書士については、(中略)簡易裁判所における訴訟代理等の業務のほか、成年後見・財産管理業務等への関与が増加するなど、その活躍の場が大きく広がっている。(中略)加えて、少子高齢化の進展や大規模自然災害の発生等を背景に、空家問題や所有者不明土地問題が大きな社会問題となっているが、司法書士及び土地家屋調査士は、不動産に関する専門的知識経験を有する者としてその解決に向けて尽力をしているほか、多発する自然災害における復興支援にも参画するなど、その専門性の発揮を求められる場面は拡大し続けている。」ことが使命規程創設の理由だとされています。

さらに「『登記、供託及び訴訟等に関する手続の適正かつ円滑な実施』(旧司法書士法第1条)といった狭い分野に限らず、より広く、司法書士法の定めるところによりその業務とする法律事務の専門家として行動し、国民の権利の擁護等に資する活動を行う使命を負っていることを司法書士法の冒頭で宣明することとしたものである。」としたうえ、脚注を設けて「当然のことながら、今般の使命に関する規定の創設は、司法書士法に基づいて定められる司法書士の業務の範囲に影響を及ぼすものではない(司法書士法第3条参照)。」としています【司法書士法及び土地家屋調査士法の一部を改正する法律の解説/登記研究863号19頁】。

よって、使命規定創設によって業務を拡大することはないが、(明治の制度創設以来)既に広かったのだから使命規定を創設したというわけです。そして、司法書士制度の沿革を鑑みても「その他の法律事務」に契約書作成・精査が含まれないなどということは到底あり得ません。

 

 

 

旧司法書士報酬規定


司法書士の受け取る報酬は、昭和25年施行の司法書士法では「司法書士が受けることのできる報酬の額は、法務総裁の定めるところによる」とされていましたが、昭和26年の司法書士法改正によって各地司法書士会の会則の記載事項とされました。そして、これ以降、各地司法書士会は会則の中に「司法書士報酬規定」を置き、平成15年に廃止されるまで脈々と受け継がれてきました。

この司法書士報酬規定には「Ⅱ裁判所等に提出する書類の作成等」の一つに「5.その他の雑事件」とあり、その下に「1.文案を要するもの」「2.文案を要しないもの」がありました。

一方、同規定はそれとは別に、項目「Ⅲその他の書類の作成等」を規定しています。そして、その一つにも「⑵その他書類の作成」を定め、その下に「1.文案を要するもの」「2.文案を要しないもの」を定めています。

前者は、裁判所提出を最初から想定して作成する訴状や付属書類たる契約書や内容証明を指します。したがって、後者が裁判所等への提出を想定しない契約書を指すものであるのは明らかです。

 

 

 

利益相反禁止規定


契約書は二以上の当事者間で締結されるものであるところ、どちらの当事者の依頼で原案を作成するかによって、契約条項を有利又は不利に変更することが必要です。したがって、利益相反が禁止されている専門家士業でないと、契約書作成業務を担えよう筈がありません。

ところが、この利益相反禁止規定は、司法書士法及び弁護士法にはありますが、行政書士法にはありません。

 

司法書士法の利益相反禁止規定

司法書士法は、利益相反を禁止する規定を置いています。

司法書士法第22条(業務を行い得ない事件)
 
  1. 司法書士は、公務員として職務上取り扱つた事件及び仲裁手続により仲裁人として取り扱つた事件については、その業務を行つてはならない。
  2. 司法書士は、次に掲げる事件については、第三条第一項第四号及び第五号(同項第四号に関する部分に限る。)に規定する業務(以下「裁判書類作成関係業務」という。)を行つてはならない。
    1. 相手方の依頼を受けて第三条第一項第四号に規定する業務を行つた事件
    2. ~3.(略)
  3. 第三条第二項に規定する司法書士は、次に掲げる事件については、裁判書類作成関係業務を行つてはならない。ただし、第三号及び第六号に掲げる事件については、受任している事件の依頼者が同意した場合は、この限りでない。
    1. 簡裁訴訟代理等関係業務に関するものとして、相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件
    2. 簡裁訴訟代理等関係業務に関するものとして相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるもの
    3. 簡裁訴訟代理等関係業務に関するものとして受任している事件の相手方からの依頼による他の事件
    4. ~6.(略)
  4. 第三条第二項に規定する司法書士は、第二項各号及び前項各号に掲げる事件については、簡裁訴訟代理等関係業務を行つてはならない。この場合においては、同項ただし書の規定を準用する。

弁護士法の利益相反禁止規定

弁護士法ももちろん「利害相反」を禁止する規定を置いています。

弁護士法第25条(職務を行い得ない事件) 
 

弁護士は、次に掲げる事件については、その職務を行つてはならない。ただし、第三号及び第九号に掲げる事件については、受任している事件の依頼者が同意した場合は、この限りでない。

  1. 相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件
  2. 相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるもの
  3. 受任している事件の相手方からの依頼による他の事件
  4. 公務員として職務上取り扱つた事件
  5. 仲裁手続により仲裁人として取り扱つた事件
  6. ~9.(略)

行政書士法

ところが、行政書士法には、かかる利益相反を禁止する旨の規定はありません。

 

「この点、戦前の代書業者取締規則(警視庁令)(法律新聞375号、明治39年9月5日、25頁~26頁)4条4号、代書人取締規則(明治36年8月24日大阪府令第60号)4条3号、代書人規則(大正9年11月25日内務省令第40号)9条や戦後の東京都行政書士条例(東京都条例第34号)9条、大阪府行政書士条例(昭和23年8月16日)8条などでは、利害の相反する者のために代書をなすことが禁じられていた。ところが、昭和26年制定の行政書士法においては、本文で述べたとおり利益相反禁止規定は置かれていない。」【菊池秀/隣接士業問題の現況と今後の方向性について「行政書士の権利義務又は事実証明関係書類作成業務をめぐる問題点」/自由と正義/2009.11号/86p】

なんと規定されていた利益相反禁止が削除されたのです。

 

「『代書人』という名称を『行政書士』と改めたことなどと合わせ考えると、現行の行政書士法は、官公署提出書類の作成業務を行政書士業務の中心と考えており、契約書の作成等の業務を主たる業務と想定していないものと考えられる。」

「このことから、行政書士法は、行政書士が当事者の利益が対立する状況下で業務を行うことを想定していないものと解される。行政書士の業務が官公署への提出書類の作成を中心とするため、当事者の利益が対立する状況下で業務を行うことは原則としてないものと考えられたことなどから、利益相反行為に関する規制を設ける必要がないとされたのであろう。

これらの点からすれば、行政書士の業務の中心はあくまで官公署への提出書類の作成であり、行政書士法上、権利義務又は事実証明書類の作成が行政書士の業務として認められるとしても、その範囲としては官公署提出書類に類する書類が想定されていたものと解される。具体的には、官公署に提出書類の附属書類や官公署へは提出しないものの官公署との関係で備置きが要求されている文書等が考えられる。」「行政書士の資格は、一定の年限、国又は地方公共団体等の公務員等として行政事務を担当した者に対して当然に付与されるものであるが(行政書士法2条6号)、公務員等として行政事務に一定期間従事した者は、(中略)私法上の権利義務にかかわる事項について専門的知識を有するものとは考えがたい。」【前掲・菊池秀/86p】

 

 

 

契約書を作成した司法書士が行政書士法違反とされた事例


行政書士法違反には、刑事罰が課されます。

そこで念のために、我が国最大の判例収蔵件数を誇る判例検索ソフト「WestlawJapan」において次のとおり検索しました。結果は次のとおりです。

 

WestlawJapanによる検索

検索対象裁判例

指定検索語 検索結果
刑事 行政書士法

9件該当するも、「司法書士」で司法書士が権利義務文書を作成して有罪となったものは検出できなかった。

民事 司法書士 契約書

「司法書士の沿革>裁判例」に記載したとおり

  1. 「司法書士には契約書作成権限がない」等との理由で当該契約書が無効となった事例は一切ない。
  2. 契約書作成は司法書士の業務範囲外であるとした事例は一切ない。

Googleによる検索

さらに「行政書士法違反 司法書士逮捕」というキーワードでGoogle検索を行ない、検索結果を5ページまで確認しました。

「行政書士法違反」で「司法書士が逮捕」されたという記事は、一件も発見できませんでした。

 

 

 

その他の根拠


ここまでの検討で十分「司法書士には契約書全般を作成する権限がある」ことをご理解いただけたと思います。次のような説もありますので、簡単にご紹介しておきます。

 

司法書士法29条1項1号、司法書士法施行規則31条を根拠とする説(いわゆる「規則31条説」)

  • 佐藤純通司法書士/「規則31条業務の展開可能性ーさらなる未来をめざしてー」/市民と法76号/63頁
  • 鯨井康夫司法書士/「司法書士実務における財産管理業務ー日本財産管理協会設立にあたってー」/市民と法76号/31頁

司法書士法3条を根拠とする説(いわゆる「法3条説」)

  • 渋谷陽一郎/民事信託の実務と書式(第2版)/民事法研究会/2020/516頁以下
  • 橋谷聡一/「司法書士による民事信託契約書作成の法的根拠の検討」/市民と法112号/20頁

全ての契約書は最終的に裁判所提出目的であることを根拠とする説

「現に提出する書類に限られる」という反対意見に対しては、法律には時間的な制限が付されているわけでもないと反論することができます。

例えば、法務局提出書類であっても、受任時点で登記を留保することが明らかになっている書類なども当然に司法書士の業務範囲であって、行政書士の業務範囲ではありません。

法務省設置法に根拠を求める説

法務省が「民事に関すること」及び「総合法律支援法に関すること」を所掌事務としていることから、法務局・地方法務局提出書類作成関係業務の延長として契約書作成も当然に含まれるという説(七戸克彦(しちのへ・かつひこ)九州大学教授/司法書士の業務範囲(5) : 司法書士法3条以外の法令等に基づく業務(1)/市民と法No102/2016.12/32頁)

法務省設置法第4条(所掌事務) 
1 法務省は、前条第1項の任務を達成するため、次に掲げる事務をつかさどる。
一~二十 (略)
二十一 国籍、戸籍、登記、供託及び公証に関すること。
二十二 司法書士及び土地家屋調査士に関すること。
二十三 第一号及び前二号に掲げるもののほか、民事に関すること。
二十四~二十九 (略)
三十 総合法律支援に関すること。
三十一~三十八 (略)
三十九 前各号に掲げるもののほか、法律(法律に基づく命令を含む。)に基づき法務省に属させられた事務
 前項に定めるもののほか、法務省は、前条第二項の任務を達成するため、同条第一項の任務に関連する特定の内閣の重要政策について、当該重要政策に関して閣議において決定された基本的な方針に基づいて、行政各部の施策の統一を図るために必要となる企画及び立案並びに総合調整に関する事務をつかさどる。

まとめ


司法書士の皆さんへ

以上、検討の結果、どのような観点からしても「司法書士には、当然に契約書作成権限があることは明らか(登記の添付書類であろうがなかろうが)」であって、これに反するものは一切見当たりませんでした。自信を持って、登記に関係しない契約書であっても受託していただきたいと思います。

 

また、万一、司法書士会以外の団体から「契約書作成は司法書士業務ではない」などという文書を受領した場合には、ご連絡いただければ、微力ながらお力添えしたいと思います。

日本司法書士会連合会の公式見解


第87回日本司法書士会連合会定時総会における執行部答弁

令和4年6月23日及び24日の二日間にわたり第87回日本司法書会連合会定時総会が開催され、次の質疑応答が行われました。回答したのは、日本司法書士会連合会の執行部ですので、日本司法書士会連合会の公式見解であるといえます。

  • 質問:事業報告において、権利義務に関する書類作成を司法書士が行うことについての法令上の制限の有無について検討したとあるが、この検討結果についてお聞きしたい。
  • 回答:現時点での検討結果では、権利義務に関する書類作成を司法書士が行うことについての法令上の制限はないと整理している。この見解についての解説は月報司法書士などを通じて会員に周知していく。また研修会の講師派遣も行う。

【REPORT第87回日司連定時総会/月報司法書士No606/日本司法書士会連合会/72頁以下参照】

見解についての解説、研修会を楽しみにしています。

 

月報司法書士 令和6年5月号 No627

日本司法書士会連合会・業務対策室【1】は、次の理由から司法書士が契約書作成権限を当然に有していると結論づけています。

  • 紛争性が前提となる裁判書類を作成することができる我々司法書士が、紛争性がない事案の書類を作成できないと考えること自体がおかしいということです(70頁)。
  • 司法書士法施行規則第31条が定められた経緯について(中略)司法書士法人の定款を作成するにあたり、法人の目的として司法書士法第3条所定の内容しか載せられないのでは不十分です。自然人の司法書士は、司法書士法第3条に規定されているよりも多様な業務をしているからです。/そこで、自然人の司法書士の業務のうち代表的なものを抽出して例示列挙し、法人の定款の目的として載せられるようにしたものが、司法書士法施行規則第31条となります。つまり、司法書士法施行規則第31条は、従前から司法書士が行っていた業務を明文化したものにすぎません。(中略)自然人の司法書士の業務には、必ずしも明文の根拠は必要ないのですが、司法書士法人はそうはいきません。司法書士法人は、定款で定めた目的の範囲の業務しかできないからです(70頁以下)。
  • 例えば最高裁判所昭和50年4月30日の薬局距離規制の事案などが参考になるでしょう。職業選択の自由に対する規制が認められるためには、規制の目的が合理的でなければいけませんし、また、規制の手段も合理的でないといけない、ということになります。(中略)事実関係や権利義務関係の変動というのは、要するに、私たちの社会生活のすべての行為で発生する、ということができるのではないでしょうか。/このような経済活動や社会生活のすべてに専門性を有する士業というのは考えづらいですので、特定の士業が権利義務や事実証明の書類の作成を独占しようとすることには、少し無理があるのではないでしょうか(75頁)。

詳細は、日本司法書士会連合会/月報司法書士 令和6年5月号 No627/令和6年5月10日/66頁以下

司法書士以外の方は、有料で購読が可能なほか、こちらのサイト(日本司法書士会連合会/月報司法書士/最終アクセス241018)で公開されています。

 

【1】日本司法書士会連合会・業務対策室の事業内容は、次のとおりです。

1)日本の法律専門職に関する調査、検討及び対応

2)司法書士業務の公益性の確保に必要な事項の検討及び対応

3)前2号に関する研修会及びシンポジウム等の実施並びに講師等の派遣

4)その他前各号に掲げる事業の目的を達成するために必要な事業

日本司法書士会連合会/日司連業務対策室/最終アクセス240630

要するに「業際問題に関する専門研究部門」です。

 

弁護士向原栄大朗先生の論考


下記論考は、非弁問題にお詳しい弁護士の向原栄大朗先生に執筆いただいた記事です。

 

向原先生は、司法書士に契約書作成権限があるからといって、無条件にどんな契約書でも作成できるという訳ではなく、司法書士の裁判書類作成権限と同様に「法的整序」と「専門的判断」という縛りが働くとおっしゃいます。

私も先生のご意見に賛成です。司法書士の皆さまも是非ご一読をオススメいたします。

 

「契約書類作成業務」と弁護士法との関係/司法書士JOBサーチ/最終アクセス230207

参考文献


  • 任介辰哉(最高裁判所調査官)/鑑賞ないしは記念のための品として作成された家系図が、行政書士法1条の2第1項にいう「事実証明に関する書類」に当たらないとされた事例/最高裁判所判例解説・刑事編・平成22年度/法曹会/258頁以下
  • 菊池秀/隣接士業問題の現況と今後の方向性について「行政書士の権利義務又は事実証明関係書類作成業務をめぐる問題点」/自由と正義/2009.11号
  • 七戸克彦(しちのへ)九州大学大学院法学研究員教授/司法書士の業務範囲(5) : 司法書士法3条以外の法令等に基づく業務(1)/市民と法No102/2016.12
  • 司法書士史編纂委員会・編/『日本司法書士史(明治・大正・昭和戦前編)』/日本司法書士会連合会/S56
  • 司法書士史編纂委員会・編/『日本司法書士史(昭和戦後編)』/日本司法書士会連合会/2011.12
  • 鈴木正道司法書士著/司法書士と行政書士の権利義務に関する書類作成/日本の司法―現在と未来/日本評論社/2018/241頁以下
  • 地方自治制度研究会・編/詳解行政書士法(第4次改訂版)/ぎょうせい/2016.6
  • 村松秀樹(法務省民事局民事第二課長)、竹下慶(法務省民事局付兼登記所適正配置対策室長)、中丸隆之(法務省民事局付)著/【論説・解説】 司法書士法及び土地家屋調査士法の一部を改正する法律の解説/登記研究863号19頁

七戸克彦(シチノヘカツヒコ)教授の論文