敷引き特約に消費者契約法は適用されるのか?
適用された場合、敷引き特約の有効性はどうなるのか?
長い間、争われてきましたが、平成23年の二つの最高裁判決によって、解決方法も予防方法もおおむね明らかになりました。
もくじ | |
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これまでは法律による定義がなされていなかった「敷金」について、始めて規定(定義付け)されました。なお、この定義は、従来の判例・学説の考え方を踏襲したものです。
改正民法第622条の2(敷金) |
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簡単に申し上げますと、「敷金」とは借主の滞納賃料や原状回復費を担保するものです。
貸主は賃貸借物の返還を受けた後に、契約時に預かっていた敷金から滞納賃料や原状回復費を控除した後に、預かっていた敷金を返還すれば良いとされています。
「賃貸借契約の終了時に敷金の全部又は一部を返還しない」ことを定めた賃貸人と賃借人との間の特約です。 「敷引」又は「償却」と記載されている場合には、賃貸借契約終了後も返ってこないことを意味します。
敷引きの法的性質は次のように、様々なものがあり、個々の契約ごとに判断されます。
賃貸借の中途解約の場合に,敷引金の全額を敷金から控除できるかが争われることが多い。自然損耗料の性質のものであれば,これを全額控除することはできない(東京地判平成4年7月23日判時1459号137頁)が,空室損料的な性質のものであれば全額控除し得る(東京地判平成5年5月17日判時1481号144頁・判タ840号140頁)。
(岡口基一『要件事実マニュアル 第5版 第2巻 民法2』ぎょうせい/2016/375頁)
次のような定め方があります。
個々の賃貸借契約(における敷引き特約の法的性質)、個々の賃貸借契約終了時の状況によって、個々の敷引き特約の有効・無効が判断される可能性がある以上、契約書には「どういう趣旨(法的性質)で敷引きを行うのか」明示しておいた方が望ましいかもしれません。
敷引特約は、信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであると直ちにいうことはできませんが、一定の場合には無効になります。
消費者契約法は平成13年4月1日施行ですので、賃貸借契約の締結がそれ以前であれば消費者契約法は適用されません。
消費者契約法が適用されると、敷引き特約は一定の場合には無効になります。
判例は「災害により家屋が滅失して賃貸借契約が終了したときは、特段の事情がない限り、右特約〔敷引特約のこと〕を適用することはできない。」すなわち敷引きをせず、預かった敷金の全額を賃貸人は賃借人に返戻すべきとしています(最高裁平成10.9.3判決民集52巻6号1467頁)。
①賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる損耗や経年により自然に生ずる損耗の補修費用として通常想定される額、②賃料の額、③礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし、敷引金の額が高額過ぎる場合には、消費者契約法10条により無効となります。
ただし、賃料が相場より大幅に低額であるなど特段の事情がある場合には、無効とならないこともあります。
これらの基準をもとに判断された下記2件の最高裁判例では敷引特約が有効と判断されています。
■最高裁平成23年3月24日判決(平成21(受)1679号、民集65.2.903、判タ1356-81)
敷引き:月額賃料の2か月分~3.5か月分
更新料:月額賃料の1か月分
礼金等の一時金:なし
■最高裁平成23年7月12日判決(平成22(受)676号、判タ1356-81)
敷引き:月額賃料の3.5か月分
更新料:なし
礼金等の一時金:なし
2件の判例以降の下級審裁判例を概観すると次のとおりです(令和6年1月7日、判例検索ソフトWestlawJapanにおいて検索用語「敷引」を指定し検出されたもの。)。
敷引き | 更新料 |
礼金等の 一時金 |
その他の事情 | 裁判所の判断 | |
H23.8.2西宮簡裁【1】 |
賃料4.3か月分 |
なし | なし | 契約から終了までの経過年数6年 | 3か月分が相当で超える分は消契法10により無効。 |
H23.10.27東京地裁 |
清掃費として72,093円控除 (賃料0.37か月分) |
賃料1か月分 | 礼金:賃料1か月分 | 契約から終了までの経過年数4年 | 有効 |
H24.8.8東京地裁 |
賃料2か月分に満たない。 |
賃料1か月分 | なし | 消費者契約ではない | 有効 |
H25.12.19東京地裁 |
賃料1か月分 |
なし | なし | 有効 | |
H26.9.9東京地裁 |
賃料1か月分 |
なし | なし | 有効 | |
H28.4.8東京地判 |
賃料3.6か月分 |
なし | なし | 消費者契約ではない | 有効 |
H31.2.28東京地裁 | 賃料2か月分 | なし | なし | 消費者契約ではない | 有効 |
R2.3.24東京地裁 | 賃料2か月分 | なし | なし |
ペット可のため敷金全額(2か月分)償却する旨の特約 上階が漏水事故を起こした |
有効 |
R3.1.21東京地裁 | ペット飼育するなら賃料1か月分 | 賃料1か月分 | なし |
ペット飼育していた |
有効 |
R3.4.23東京地裁 | 賃料1か月分 | なし | なし |
消費者契約ではない 本人訴訟 (R3.12.15東京高裁が控訴審) |
有効 |
R3.12.15東京高裁 | 賃料1か月分 | なし | なし |
消費者契約ではない 本人訴訟 (R3.4.23東京地裁が第一審) |
有効 |
①検出結果が少ないこと、②東京に偏っていること、③敷引きが過大で無効とした裁判例が検出されなかったことが残念です。
【1】消費者法ニュース90号186頁
実務上の指針
上記判例、裁判例を踏まえた実務上の指針は、次の通りです。
賃貸借契約は終了時にトラブルになることが多く、中でも敷引特約や原状回復に関してトラブルが多数発生しています。その結果、多くの判例・裁判例が蓄積され、トラブル予防のためにガイドラインや法律が制定されました。
敷金は借主の滞納賃料や原状回復費を担保するものです。貸主は賃貸借物の返還を受けた後に、契約時に預かっていた敷金から滞納賃料や原状回復費を控除した後に、預かっていた敷金を返還すれば良いとされています。
ところが、原状回復費に対する貸主と借主の認識が異なりトラブルが絶えませんでした。そこで旧・建設省が「トラブルが急増し、大きな問題となっていた賃貸住宅の退去時における原状回復について、原状回復にかかる契約関係、費用負担等のルールのあり方を明確」化するために公表したものが「ガイドライン」です。
ガイドラインは①原状回復にかかるガイドライン、②トラブルの迅速な解決にかかる制度、③Q&A、④原状回復にかかる判例の動向、⑤参考資料から構成されています。
また、平成16年・平成23年に改訂されています。
「居住用の家屋の賃貸借における敷金につき、賃貸借契約終了時にそのうちの一定金額又は一定割合の金員を返還しない旨のいわゆる敷引特約がされた場合であっても、災害により家屋が滅失して賃貸借契約が終了したときは、特段の事情がない限り、右特約を適用することはできない。」と判示。
居住用建物の賃貸借契約は、消費者契約です(消契法2Ⅲ)。
消費者契約法の施行によって「敷引特約」が「消費者の利益を一方的に害するもの」として無効となるか否か(消契法10)が多くの裁判で争われることになります。
消費者契約法第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効) |
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消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。 |
ガイドライン発表後も原状回復をめぐるトラブルが増加を続けていること、ガイドライン公表から5年が経過したことから裁判例を追加するなどした改訂版を発表。
〔裁判要旨〕 |
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◆消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付されたいわゆる敷引特約は、信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであると直ちにいうことはできないが、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる損耗や経年により自然に生ずる損耗の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし、敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものであるときは、当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り、信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって、消費者契約法10条により無効となる。
◆消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付されたいわゆる敷引特約は、賃貸借契約締結から明渡しまでの経過期間に応じて18万円ないし34万円のいわゆる敷引金を保証金から控除するというもので、上記敷引金の額が賃料月額の2倍弱ないし3.5倍強にとどまっていること、賃借人が、上記賃貸借契約が更新される場合に1か月分の賃料相当額の更新料の支払義務を負うほかには、礼金等の一時金を支払う義務を負っていないことなど判示の事実関係の下では、上記敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず、消費者契約法10条により無効であるということはできない。 (要旨は、WestlawJapan) |
〔裁判要旨〕 |
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◆消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付されたいわゆる敷引特約は、保証金から控除されるいわゆる敷引金の額が賃料月額の3.5倍程度にとどまっており、上記敷引金の額が近傍同種の建物に係る賃貸借契約に付された敷引特約における敷引金の相場に比して大幅に高額であることはうかがわれないなど判示の事実関係の下では、消費者契約法10条により無効であるということはできない。(補足意見及び反対意見がある。)
(要旨は、WestlawJapan) |
〔学者意見〕 |
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「前掲最判平23.7.12には、岡部裁判官の反対意見があり、学説の多くは岡部反対意見に傾倒支持している」 |
などとの学者の意見もあります(稻本洋之助 澤野順彦 編『コンメンタール借地借家法[第4版]』日本評論社/2019年/253頁)。
そこで「岡部反対意見」と「(岡部反対意見に反対する)補足意見」を長めに引用したうえ、最後に両意見を私なりに要約します。
最判平23.7.12<岡部喜代子裁判官の反対意見> |
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1 私は,多数意見と異なり,本件特約は消費者契約法10条により無効であると考える。その理由は,以下のとおりである。
2 多数意見は,要するに,敷引金の総額が契約書に明記され,賃借人がこれを明確に認識した上で賃貸借契約を締結したのであれば,原則として敷引特約が信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものとはいえないというのである。 しかしながら,敷引金は個々の契約ごとに様々な性質を有するものであるのに,消費者たる賃借人がその性質を認識することができないまま賃貸借契約を締結していることが問題なのであり,敷引金の総額を明確に認識していることで足りるものではないと考える。 3 敷引金は,損耗の修繕費(通常損耗料ないし自然損耗料),空室損料,賃料の補充ないし前払,礼金等の性質を有するといわれており,その性質は個々の契約ごとに異なり得るものである。そうすると,賃借物件を賃借しようとする者は,当該敷引金がいかなる性質を有するものであるのかについて,その具体的内容が明示されてはじめて,その内容に応じた検討をする機会が与えられ,賃貸人と交渉することが可能となるというべきである。例えば,損耗の修繕費として敷引金が設定されているのであれば,かかる費用は本来賃料の中に含まれるべきものであるから(最高裁平成16年(受)第1573号同17年12月16日第二小法廷判決・裁判集民事218号1239頁参照),賃借人は,当該敷引金が上記の性質を有するものであることが明示されてはじめて,当該敷引金の額に対応して月々の賃料がその分相場より低額なものとなっているのか否か検討し交渉することが可能となる。また,敷引金が礼金ないし権利金の性質を有するというのであれば,その旨が明示されてはじめて,賃借人は,それが礼金ないし権利金として相当か否かを検討し交渉することができる。事業者たる賃貸人は,自ら敷引金の額を決定し,賃借人にこれを提示しているのであるから,その具体的内容を示すことは可能であり,容易でもある。それに対して消費者たる賃借人は,賃貸人から明示されない限りは,その具体的内容を知ることもできないのであるから,契約書に敷引金の総額が明記されていたとしても,消費者である賃借人に敷引特約に応じるか否かを決定するために十分な情報が与えられているとはいえない。 そもそも,消費者契約においては,消費者と事業者との間に情報の質及び量並びに交渉力の格差が存在することが前提となっており(消費者契約法1条参照),消費者契約関係にある,あるいは消費者契約関係に入ろうとする事業者が,消費者に対して金銭的負担を求めるときに,その対価ないし対応する利益の具体的内容を示すことは,消費者の契約締結の自由を実質的に保障するために不可欠である。敷引特約についても,敷引金の具体的内容を明示することは,契約締結の自由を実質的に保障するために,情報量等において優位に立つ事業者たる賃貸人の信義則上の義務であると考える(なお,消費者契約法3条1項は,契約条項を明確なものとする事業者の義務を努力義務にとどめているが,敷引特約のように,事業者が消費者に対し金銭的負担を求める場合に,かかる負担の対価等の具体的内容を明示する義務を事業者に負わせることは,同項に反するものではない。)。このように解することは,最高裁平成9年(オ)第1446号同10年9月3日第一小法廷判決・民集52巻6号1467頁が,災害により居住用の賃借家屋が滅失して賃貸借契約が終了した場合において,敷引特約を適用して敷引金の返還を不要とするには,礼金として合意された場合のように当事者間に明確な合意が存することを要求していること,前掲最高裁平成17年12月16日第二小法廷判決が,通常損耗についての原状回復義務を賃借人に負わせるには,その旨の特約が明確に合意されていることが必要であるとしていることから明らかなように,当審の判例の趣旨にも沿うものである。 4 このような観点から本件特約の消費者契約法10条該当性についてみると,次のようにいうことができる。 まず,前段該当性についてみると,賃貸借契約においては,賃借人は賃料以外の金銭的負担を負うべき義務を負っていないところ(民法601条),本件特約は,本件敷引金の具体的内容を明示しないまま,その支払義務を賃借人である被上告人に負わせているのであるから,任意規定の適用の場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものといえる。 そして,後段該当性についてみると,原審認定によれば,本件敷引金の額は本件契約書に明示されていたものの,これがいかなる性質を有するものであるのかについて,その具体的内容は本件契約書に何ら明示されていないのであり,また,上告人と被上告人との間では,本件契約を締結するに当たって,本件建物の付加価値を取得する対価の趣旨で礼金を授受する旨の合意がなされたとも,改装費用の一部を被上告人に負担させる趣旨で本件敷引金の合意がなされたとも認められないというのであって,かかる認定は記録に徴して十分首肯できるところである。したがって,賃貸人たる上告人は,本件敷引金の性質についてその具体的内容を明示する信義則上の義務に反しているというべきである。加えて,本件敷引金の額は,月額賃料の約3.5倍に達するのであって,これを一時に支払う被上告人の負担は決して軽いものではないのであるから,本件特約は高額な本件敷引金の支払義務を被上告人に負わせるものであって,被上告人の利益を一方的に害するものである。 以上のとおりであるから,本件特約は消費者契約法10条により無効と解すべきである。 (以下略) |
最判平23.7.12<田原睦夫裁判官の補足意見> | |
私は多数意見に与するものであるが,岡部裁判官の反対意見が存することもあり,以下のとおり補足意見を述べる。
1 現在,建物の賃貸借契約,殊に居住用建物の賃貸借契約において,賃料以外に敷金,保証金,権利金,礼金,更新料等様々の費目による金銭の授受を行うとの定めがおかれていることがある。そのうち「敷金」は,判例法として形成されている,賃貸借契約における賃料の担保及び同契約において賃借人が負担することのある損害賠償金支払債務を担保するための預託金としての性質を有するものである限り,法律上特段の問題は生じない。また,権利金や礼金も,賃貸借契約締結に際して賃借人から賃貸人に一方的に交付されるものであり,それが契約締結の際の条件として明示されている限り,震災等地域全体の賃貸借契約に影響を及ぼすような特別の場合を除いては,法律上特段の問題は存しない。更新料は,契約期間終了時に更に契約を更新するに際して授受するものとして定められる金員であるが,それが借地借家法の定める更新規定に反するか否かの問題はあっても,それも契約締結時に明示されている限り,その趣旨は明らかである。 問題となり得るのは,保証金である。その法律上の性質について種々議論されているが,少なくとも本件では保証金名下で差し入れられた100万円中60万円は,明渡し後も返還されないことが契約締結時に明示されているのであるから,その法的性質が如何であれ,賃借人は本件契約締結時に,本件建物明渡し後に同金額が返還されないものであることは,明確に認識できるのである。 2 建物賃貸借において,上記のごとき費目の金銭が授受されるか否か,また如何なる費目の金銭が授受されるかは各地域における慣行に著しい差異がある。国土交通省が公表している調査資料によれば,例えば,敷金あるいは保証金名下で賃貸借契約締結時に賃貸人に差し入れられた金員のうち,明渡し時に一定額(あるいは一定割合)を差し引く旨のいわゆる敷引特約(以下,単に「敷引特約」という。なお,この差引き部分は,上記の本来の敷金としての性質を有するものではないから,「敷引特約」という用語は誤解を招く表現であるが,一般にかかる用語が用いられているところから,それに従う。)は,京都,兵庫,福岡では半数から大多数の賃貸借契約において定められているのに対し,大阪では約30パーセント,東京では約5パーセントに止まっており,また更新料については,かかる条項が設けられている契約事例が,東京や神奈川では半数以上を占めるのに対し,大阪や兵庫では,その定めがあるとの回答は零であったなど,首都圏とそれ以外の地域で著しい差異があり,また,近畿圏でも,京都,大阪,兵庫の間で顕著な差異が見られるのであって,賃貸借契約における賃料以外の金銭の授受に係る条項の解釈においては,当該地域の実情を十分に認識した上でそれを踏まえて法的判断をする必要がある(なお,このような各地域の実情は,地裁レベルでは裁判所に顕著な事実というべきものである。)。 岡部裁判官は,その反対意見において,賃貸人は敷引特約の条項を定めるに当たっては,その敷引部分に通常損耗費が含まれるか否か,礼金や権利金の性質を有するか否か等その具体的内容を明示するべきであると主張されるが,そこで述べられる礼金や権利金についても,それに通常損耗費の補塡の趣旨が含まれているか否かをも含めて必ずしも明確な概念ではなく,また,上記のとおり賃貸借契約の締結ないし更新に伴って授受される一時金については各地域毎の慣行に著しい差異が存することからすれば,敷引特約の法的性質を一概に論じることは困難であり,いわんや賃貸人にその具体的内容を明示することを求めることは相当とは言えない。 3 現代の我が国の住宅事情は,団塊の世代が借家の確保に難渋した時代と異なり,全住宅のうちの15パーセント近く(700万戸以上)が空き家であって,建物の賃貸人としては,かっての住宅不足の時代と異なり,入居者の確保に努力を必要とする状況にある。そこで,賃貸人としては,その地域の実情を踏まえて,契約締結時に一定の権利金や礼金を取得して毎月の賃料を低廉に抑えるか,権利金や礼金を低額にして賃料を高めに設定するか,契約期間を明示して契約更新時の更新料を定めて賃料を実質補塡するか,賃貸借契約時に権利金や礼金を取得しない替わりに,保証金名下の金員の預託を受けて,そのうちの一定額は明渡し時に返還しない旨の特約(敷引特約)を定めるか等,賃貸人として相当の収入を確保しつつ賃借人を誘引するにつき,どのような費目を設定し,それにどのような金額を割り付けるかについて検討するのである。他方,賃借人も,上記のような震災等特段の事情のある場合を除き,一般に賃貸借契約の締結に際し,長期の入居を前提とするか入居後比較的早期に転出する予定か,契約締結時に一時金を差し入れても賃料の低廉な条件か,賃料は若干高くても契約締結時の一時金が少ない条件か等,賃借に当たって自らの諸状況を踏まえて,賃貸人が示す賃貸条件を総合的に検討し,賃借物件を選択することができる状態にあり,賃借人が賃借物件を選択するにつき消費者として情報の格差が存するとは言い難い状況にある。 4 敷引特約も賃貸条件中の一項目であり,消費者契約法10条前段には一応該当するとは言える。しかし,同条後段との関係では,当該地域の賃貸借契約において定められている一般的な条項や当該契約における他の賃貸条項をも含めて総合的に検討されるべきであり,敷引特約に基づく敷引金と賃料との比較のみから単純にその有効性が決せられるべきものではない。 なお,敷引特約に基づく敷引金の金額が賃料に比して高額であり,賃貸借契約締結時に当事者が想定していたより短期に賃貸借契約が終了したような場合には,敷引特約に定められた敷金(保証金)をその約定どおり差し引くことが信義則上問題となることがあり得るが,それは当該契約当事者間における個別事情の問題であって,敷引特約の有効性とは異なる問題である。 5 ところで,賃貸人が賃貸借に伴う通常損耗費を賃借人の負担に求めようとする場合には,賃料として収受すべきであって,賃料以外の敷引金等に求めるのは相当でないとの見解が一部で主張されている。しかし,賃貸人が賃貸借に伴う通常損耗費部分の回収を,賃料に含ませて行うか,権利金,礼金,敷引金等の一時金をもって充てるかは,賃貸人としての賃貸営業における政策判断の問題であって,通常損耗費部分を賃貸借契約において賃貸人が取得することが定められている賃料及びその他の一時金以外に求めるのでない限り,その当不当を論じる意味はない(一審判決が引用する最高裁平成16年(受)第1573号同17年12月16日第二小法廷判決・裁判集民事218号1239頁は,通常損耗費を賃借人が負担する旨の明確な合意が存しないにもかかわらず,賃借人に返還が予定されている敷金から通常損耗費相当額を損害金として差し引くことは許されない旨判示するもので,当初から賃借人に返還することが予定されていない敷引金を通常損耗費に充当することを否定する趣旨のものではない。)。 6 (略)かかる敷引金を賃貸人が取得することをもって,消費者契約法10条に該当するとは到底認められない。 |
両意見の要約
両意見を私なりに要約しますと、次のとおりです。
改訂版発表後も、なお増加するトラブルを鎮静化するため、記載内容の補足やQ&Aの見直し、新しい裁判例の追加などを行った。
これまでは法律による定義がなされていなかった「敷金」について、始めて規定(定義付け)されました。なお、この定義は、従来の判例・学説の考え方を踏襲したものです。
改正民法第622条の2(敷金) |
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改正民法(令和2年4月1日施行)では、賃借人の原状回復義務に関するルールが明文化され、通常損耗や経年変化については賃借人が原状回復義務を負わないことが明記されたことから、近時の実務事例からトラブルになりやすい代表的ケースを取り上げ、ガイドラインを理解するうえでの参考情報としてとりまとめた「参考資料」を発表。