賃貸借契約書の条項の中には「記載されていても無効な(当事者間で効力を生じない)条項」が多数見受けられます。
それでは、明渡しが遅延した場合に賃料倍額の使用損害金を請求する条項は有効でしょうか?
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賃貸借契約が終了した場合、賃借人は賃貸人に対して、建物を返還する(明け渡す)義務を負っています。その返還義務を確実に履行させるために、賃貸借契約書の中に次のような条項が設けられることが多いです。
(文言例) 賃借人は、本契約が終了した場合において、現実に本件建物の明渡しをしない間は、賃料の倍額に相当する使用損害金を支払う。 |
賃貸借契約が解除などによって終了すると賃料は発生せず、使用損害金が発生します。そして、使用損害金は、特約がなければ賃料相当額となるのが通常ですので、この契約条項のように、違約金として賃料相当額以上の割合や別途実損の賠償義務を定めることも多くあります。
これを「賃料倍額の使用損害金」といいます。
ところで、いくら明渡し義務を怠ったからといって「賃料の2倍」は大きすぎるような気もします。
この「賃料倍額の使用損害金」は、法律的に有効なのでしょうか?
例えば消費者契約法9条1項1号や同10条に反して無効ということにはならないのでしょうか?
消費者契約法第9条(消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等の無効等) |
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消費者契約法第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効) |
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消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。 |
東京地判平16・5・28LLI/DBL05932313 |
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①消費者契約法9条1号について 明渡しを遅滞した後に生じる損害金は,消費者契約法9条1号が定める「契約の解除に伴う損害賠償」ではなく,解除によって生じる明渡義務違反に対する損害金を意味するから,同法9条1号が直接に適用されると解することはできない。 ②消費者契約法10条について 法10条は「消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする」と定めているから,明渡しを遅滞した後の損害金を定める条項がこの条項に違反しないかどうかを検討する必要がある。ところで,一般的には,賃料相当額以上の損害金,つまりペナルティーを定めることによって賃借人に対し明渡義務を確実に履行させようとして損害金の条項が定められており,このような目的は必ずしも不当というべきではないから,賃料相当額以上の損害金を定める条項を一概に無効と解することはできない。もっとも,あまりに過大な損害金を定めているような場合には,消費者の利益を一方的に害するというべきであるから,無効と解すべきである。 ところで,本件では,賃貸借契約書において明渡しを遅滞してからこれを完了するまで賃料の倍額に相当する損害金を支払う旨の条項が定められているが,賃料の2倍の損害金が相当であるかどうかは,条項の文言だけでは判断が難しいところがある。しかし,本件では,被告Y1は,平成15年7月分からの賃料を支払わなかったこと,滞納賃料を支払う旨の合意をしたにもかかわらず,その支払をしなかったこと,原告の管理会社から再三再四対応を促されたにもかかわらず,対案を示すなど具体的な対応をしなかったこと,そのため,原告は,賃料の未払により損害が拡大していくおそれがあったため,管理会社から被告Y1に退去を促してもらうため別途費用を支払わなければならなかったし,それでも解決が困難であったため,占有移転禁止の仮処分を申し立てたうえ,本件の訴訟を提起しなければならなかったこと,本件賃貸借契約を解除する意思表示をしてから明け渡しが完了するまで約4か月を要していること等の事情が認められる。
これらの事情を検討すると,本件では,賃料の2倍の損害金を定める条項は不当であるとまではいえない。
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上記、東京地判平16.5.28につき(森・濱田松本法律事務所編/荒井正児・松田知丈・増田慧 著『企業訴訟実務問題シリーズ消費者契約訴訟―約款関連』中央経済社/2017年/213頁)より。
東京地判平20・12・24LLI/DBL06332550 |
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賃料倍額及び管理費の合計金額を支払う旨の明渡延滞使用料の定めは,消費者契約法9条1号が規定する消費者契約の解除に伴う損害賠償の予定または違約金を定める条項ではないとして,同号の適用はない。
消費者契約法10条についても,建物賃借人の受ける不利益は賃料相当額の負担増だけであり,しかもそれは建物賃借人が建物明渡義務を履行すれば発生しないのであって,建物賃貸人が暴利を得るためにこの規定が定められたものでないとして,同条によって無効とすべきものではないとした。 |
上記、東京地判平20・12・24につき(森・濱田松本法律事務所編/荒井正児・松田知丈・増田慧 著『企業訴訟実務問題シリーズ消費者契約訴訟―約款関連』中央経済社/2017年/110頁)より。
判例検索エンジンWestlawJapanにて検索語「賃料倍額 損害金」、参照条文「消費者契約法」「民法第90条」で検索をかけましたが、すべて有効と判断されており、無効とされた裁判例は検出できませんでした。
これまで見てきたとおり、どうやら「賃料倍額の使用損害金」条項は有効であるようです。
ただし、ややこしい話ですが・・・条項を適用されない場合もあるようですのでご注意ください。
東京地判平成3.2.2(平21(ワ)3381) |
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賃貸人の解約申入れから6か月の経過によって契約が終了したとして、賃貸人が賃借人に対して立退料と引換えによる本件建物の明渡し及び契約書上の損害金条項に基づく建物明渡済みまでの賃料倍額の損害金の支払を求めた。 賃貸人が適正な立退料を支払うことで正当事由が補完されるとして立退料の支払と引換えに明渡請求を認めた。一方、賃料倍額の損害金条項が適用されるのは合意解除や賃借人の債務不履行解除など賃借人に明渡義務が存することが明確な場合に限られるとして、解約申入れによる契約終了の場合の適用は否定した事例。 |
東京地判平成7.10.16(平5(ワ)20497、平3(ワ)14144、判タ919-163) |
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賃貸人は、本件賃貸借契約の特約(本契約が終了したに拘わらず、被告が本件店舗の明渡を怠ったときは、賃借人は、明渡済みまで契約終了時の賃料の倍額の損害金を支払う。)に基づき、本件賃貸借契約終了後について1か月につき420万円の割合による約定損害金の支払を求めている。ところで、更新拒絶又は解約申入れにより契約が終了する場合は、契約が終了するかどうかは正当事由の有無にかかっているが、正当事由の有無の判断は、当事者にとっては予測することが困難であって、結局は裁判所の判断をまつことになるものであり、更新拒絶又は解約申入れの時点で賃借人に正当事由の有無の判断を求めるとすれば、賃借人に困難を強いることになる。そこで、前記特約は、契約終了の原因が解除や合意解約による場合を想定したもので、更新拒絶又は解約申入れにより契約が終了する場合を除く趣旨であると解釈すべきである。 |
使用損害金として賃料倍額を請求する旨の条項は、有効です。
ただし、当該条項が適用されない場面もありますので、ご注意ください。
賃貸借契約の終了理由 | 賃料倍額の使用損害金条項の適用 | |
賃借人から解約申入れした場合 | 適用される。 | |
賃貸人が・・・ |
賃借人の賃料滞納を理由として 賃貸人が解除した場合 |
適用される。 |
賃貸人から更新拒絶した場合 | 適用されない。 | |
賃貸人から解約申入れした場合 | 適用されない。 |