仮差押や仮処分の申立に対しては、裁判所が認可や却下の決定を行います(保全処分)。
裁判所の決定(保全処分)に対して異議がある場合には、当事者(申し立てた方、申し立てられた方)は異議を申し立てることができます。
この記事では、複雑な保全処分に対する異議の手続きを分かりやすく解説します。
もくじ | |
|
〔凡例〕この記事では、次のとおり略記します。
保全処分は債務者の意見を聞かずに発令されるため、その分、ややこしくなっています。
まず、全体の流れを把握していただきたいと思います。
第一審で、却下された場合にどうなるか?
第一審で、発令された場合にどうなるか?
上から下に見ていってください。
下表では、次のとおり色分けしています。
=当事者 | =裁判所 | =審級 |
第 一 審 |
保全命令申立 | |||||||||
▼ | ▼ | |||||||||
却下 | 保全命令発令 | |||||||||
▼ | ▼ | ▼ | ||||||||
▼ ▼ |
保全異議 (民保26) |
保全取消 (民保37~39) |
||||||||
▼ | ▼ | ▼ | ||||||||
▼ | 決定【1】 | 決定【2】 | ||||||||
▼ | ▼ | ▼ | ||||||||
第 二 審 |
即時抗告(民保19) | 保全抗告(民保41) | ||||||||
▼ | ▼ | ▼ | ||||||||
即時抗告の却下 |
保全命令の発令 |
決定 |
||||||||
▼ | ▼ | ▼ | ▼ | |||||||
▼ ▼ |
保全異議 (民保26) |
保全取消 (民保37~39) |
▼ ▼ |
|||||||
▼ | ▼ | ▼ | ▼ | |||||||
▼ | 決定 | 決定 | ▼ | |||||||
▼ | ▼ | ▼ | ▼ | |||||||
第 三 審 |
× 再抗告不可(民保19Ⅱ) 【3】 |
× 保全抗告(民保41Ⅰただし書) 【3】 |
○ 保全抗告(民保41Ⅰ) |
× 再抗告不可(民保41Ⅲ) 【3】 |
【1】保全異議申立に対して裁判所は、保全命令を認容・変更・取消・却下する(民保32Ⅰ)。
→保全異議申し立てを認可・却下するのではない。
→決定に理由を付すこと必要。
【2】保全取消申立に対して裁判所は、保全命令の取消し・保全命令申立ての却下をする(民保37Ⅲ、同38I、同39I)。
【3】即時抗告の却下決定に対して・・・
原則:さらに即時抗告をすることはできない(民保19Ⅱ)。
例外1:即時抗告審である高裁が法令解釈に関する重要事項を含むと認めれば許可抗告をすることができる(民訴337条)【4】。
例外2:憲法違反を理由とする特別抗告をすることもできる(民訴336条)。
【4】最高裁第三小法廷平成16年8月30日決定(民集58巻6号1763頁、WestLawJapan、住友信託銀行 対 UFJホールディングス事件)
流れを理解したら、次は特徴を押さえましょう。
即時抗告 | 保全異議 | 保全取消 | 保全抗告 | |||
本案の訴え不起訴 | 事情の変更 | 特別の事情 | ||||
条 文 |
民保19 | 民保26~36 | 民保37 | 民保38 | 民保39 | 民保41 |
申 立 権 者 |
債権者 | 債務者【1】 | 債務者 | 債務者 | 債務者 |
債権者 債務者 |
不 服 理 由 |
保全命令申立の却下されたこと |
①被保全債権の有無、②保全の必要性の有無を争う。 | 保全命令発令当時、被保全債権と保全の必要性があったことは争わない。次を争う。 | 保全異議又は保全取消の裁判に異議がある | ||
本案の訴えが指定期間内に提起されない 【2】 |
保全すべき権利・保全の必要性の消滅などの事情変更 | 賠償できない損害の虞など特別の事情 | ||||
期 限 |
告知を受けた日から2週間以内 | 定めなし | 定めなし | 定めなし | 定めなし | 送達を受けた日から2週間以内 |
提 出 先 |
原裁判所 |
原裁判所 (民保26) |
原裁判所 | 原裁判所 | 原裁判所 | 原裁判所 |
再 度 の 考 案【3】 |
必要 | 保全異議審は第一審なので、実質的に2回考えている。 | 保全取消審は第一審なので、実質的に2回考えている。 | 保全取消審は第一審なので、実質的に2回考えている。 | 保全取消審は第一審なので、実質的に2回考えている。 |
禁止 (民保41Ⅱ) 【3-2】 |
注 意 点 |
【3】のコメント |
移送【4】 執行停止のためには【5】 審理【6】 |
執行停止のためには【7】 【3.3-2】のコメント |
|||
異 議 の 取 下 |
いつでも 債権者の同意なく 可能(民保35、民保規則4) |
【1】債権仮差押命令の第三債務者には、申立権はない。
【2】保全命令を得た債権者が本案訴訟を提起しない場合、債務者は債権者に対してサッサと訴えろという申立をすることができます。それが、起訴命令の申立てです(民保37)。
起訴命令の詳細については「中野貞一郎 (大阪大学名誉教授)著『民事執行・保全入門 補訂版』有斐閣/2013/303頁以下」が詳しい。
【3】原裁判をした裁判所又は裁判長は、抗告を理由があると認めるときは、その裁判を更正しなければならない(民保7→民訴333:再度の考案)。すなわち、即時抗告に理由がある場合、原審は義務的に原決定を取り消さなければなりません。一方、即時抗告に理由がない場合、理由がないことを記載した意見書を付して第二審に送ります。
【3-2】保全抗告は、保全異議審・保全抗告審の判断に対する抗告です。第一審で、保全異議に対する判断まで行ったうえ、抗告するのですから、もう第一審は何もするなということで、再度の考案(民訴333)が禁止されています(民保41Ⅱ)。初回認容の決定をしたうえ、異議審もやってるのに、再度の考案をするなら、第一審だけで3回も考案していることになりますから。したがって、保全抗告が申し立てられてた場合には(即時抗告が申し立てられた場合と異なり)、第一審は意見書も書きません。
【4】移送
【5】保全異議の申立をしても、保全命令に基づく執行は当然には停止されません。債務者は執行停止等の仮の処分の申立て(民保27)が必要です。
仮処分命令に基づき、債権者が物の引渡し若しくは明渡し若しくは金銭の支払を受け、又は物の使用若しくは保管をしているときは、裁判所は、債務者の申立てにより、前条第一項の規定により仮処分命令を取り消す決定において、債権者に対し、債務者が引き渡し、若しくは明け渡した物の返還、債務者が支払った金銭の返還又は債権者が使用若しくは保管をしている物の返還を命ずることができる(原状回復の裁判。民保33)。
【6】口頭弁論または当事者双方が立ち会うことができる審尋の期日を経ていなければならない(民保29)。裁判所は、審理を終結するには、相当の猶予期間を置いて、審理を終結する日を決定しなければならない。ただし、口頭弁論又は当事者双方が立ち会うことができる審尋の期日においては、直ちに審理を終結する旨を宣言することができる(民保31)。
【7】保全抗告をしても、すでに認可されている保全命令による保全執行が当然に停止したり、保全命令を取り消した決定の効力が当然に停止されるわけではありません。当事者は、保全執行の停止または取消決定の効力の停止を申し立てることができます(民保41Ⅳ、民保27ⅠⅣⅤ、民保42)。
次の書籍等を参考とさせていただきました。