当社は受け取った手形を紛失しましたので、手形を無効にするために公示催告を申し立てようと思っています。そこで、振出人に対して「事情説明と協力の要請」をしたところ、振出人は「公示催告の手続きをしなくても、事情が分かったので、手形の呈示なしでも全額を支払う」と言ってくれています。
当社は、本当に公示催告をしないでも振出人に迷惑を掛けないでしょうか?!
もくじ | |
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手形を呈示して支払いを受けるためには、「支払期日(満期)を含めて3(営業)日以内に」手形を呈示してする必要があります(手形法77Ⅰ③、38Ⅰ)。これを「支払呈示期間」といいます。
【支払呈示期間】 | ||||
支払期日 |
取引日 | 取引日 | ||
←←←支払呈示期間→→→ | ||||
支払期日(休日) | 取引日 | 取引日 | 取引日 | |
←←←支払呈示期間→→→ | ||||
支払期日 | (休日) | 取引日 | 取引日 | |
←←←←←支払呈示期間→→→→→ |
支払呈示期間内に、銀行に持ち込まなかった手形は「銀行が扱えない手形」となります。
どうして銀行は扱えなくなるのでしょうか?!
支払呈示期間内に呈示しなかった手形はどうなるのでしょうか?!
銀行との関係 |
手形に記載された「支払場所(銀行)」は、支払呈示期間内においてのみ効力を有する。 支払呈示期間を経過後は、振出人に呈示する必要が生じる。 |
振出人との関係 |
支払呈示期間内に呈示しなくとも、満期後3年を経過して手形上の権利が時効消滅するまで(手78Ⅰ、77Ⅰ⑧、70Ⅰ)請求できる。 期間内に呈示の有無は、遅滞時期(遅延損害金起算点)に影響するのみ【1】。 |
裏書人との関係 | 期間内に呈示しなければ遡求権を失う(手53Ⅰ③・77Ⅰ④) |
【1】遅滞時期(遅延利息起算点)に影響するの意味
支払呈示期間内に呈示した |
満期に遡って遅滞、満期以後の利息を請求できる (手28Ⅱ・48Ⅰ②・77Ⅰ④・78Ⅰ) |
支払呈示期間内に呈示せず | 呈示時に遅滞、それ以後の遅延損害金を請求できる(最判S55.3.27) |
【事例】
Aが振り出し、Bが受け取った後Bの手元にあるときに泥棒Cに盗難されました。
その後、泥棒Cは、この手形に「B→C」と裏書きをしたうえ、Dへの支払いのために使いました。
A(振出)→B(受け取り)・・・→C(泥棒)→D(所持人)
【質問】
Dは手形金額を受け取ることはできるのでしょうか?
【答え】
DがCから手形を譲り受けるときに裏書が連続していて、盗難手形である事情を知っていたか、知り得たような場合でない限り、Dは手形を取得することができます(手形の善意取得:手形法16Ⅱ)。
手形法第16条
民法上の即時取得と比較すると「取引の安全」を優先されていることが分かります。
民法192条 |
手形法16Ⅱ (会社法131条) (商法519条) |
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要件 | 平穏・公然・善意・無過失 | 善意・無重過失 |
被害者・遺失者の回復請求権 | あり(民193・194) | なし=盗品・遺失物であっても善意取得が成立する。 |
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【1】期限後裏書には善意取得の規定が適用されない(最二小判昭和38年8月23日民集17巻6号851頁)。
手形を紛失した者は、公示催告を申し立てて除権決定を受けることで、証券を所持しているのと同じ地位が与えられます(非訟118Ⅱ)。
しかし、公示催告を申立ててから除権決定が出るまでの間には数か月かかりますので、その間に手形が転々流通する可能性があります。
除権決定より前の善意取得の場合 | 除権決定より後の善意取得の場合 |
善意取得者が勝つ | 除権決定を得た者が勝つ |
最判昭和29.2.19 | |
株券に関する除権判決の効果は、右判決以降株券を無効とし、公示催告申立人に株券を所持すると同一の地位を回復させるに止まり、申立ての時にさかのぼって右株券を無効とし、あるいは申立人が実質上株主たることを確定するものではない。 (要旨は、WestlawJAPAN) |
最判H13.1.25 | |
1 本件は、上告人が振り出した第1審判決別紙手形目録記載の約束手形(以下「本件手形」という。)を受取人が盗取され、被上告人においてこれを善意取得した後、受取人の申立てにより本件手形につき除権判決の言渡しがされたという事実関係の下において、被上告人が上告人に対して手形金請求をした事案である。 2 手形について除権判決の言渡しがあったとしても、これよりも前に当該手形を善意取得した者は、当該手形に表章された手形上の権利を失わないと解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。 手形に関する除権判決の効果は、当該手形を無効とし、除権判決申立人に当該手形を所持するのと同一の地位を回復させるにとどまるものであって、上記申立人が実質上手形権利者であることを確定するものではない(最高裁昭和26年(オ)第424号同29年2月19日第二小法廷判決・民集8巻2号523頁参照)。手形が善意取得されたときは、当該手形の従前の所持人は、その時点で手形上の権利を喪失するから、その後に除権判決の言渡しを受けても、当該手形を所持するのと同一の地位を回復するにとどまり、手形上の権利までをも回復するものではなく、手形上の権利は善意取得者に帰属すると解するのが相当である。 加えて、手形に関する除権判決の前提となる公示催告手続における公告の現状からすれば、手形の公示催告手続において善意取得者が除権判決の言渡しまでに裁判所に対して権利の届出及び当該手形の提出をすることは実際上困難な場合が多く、除権判決の言渡しによって善意取得者が手形上の権利を失うとするのは手形の流通保護の要請を損なうおそれがあるというべきである。 3 そうすると、被上告人が本件手形について除権判決の言渡しがされる前にこれを善意取得したとの事実に基づき、被上告人の上告人に対する手形金請求を認容した原審の判断は正当として是認することができる。 |
盗難→公示催告申立しても→ | 手形上の支払期日以降→ | 除権決定 |
善意取得者が勝つ | 善意取得はなし得ない | 除権決定を受けた者が勝つ |
振出人が手形の呈示なく支払ってくれない場合 | 原則どおり公示催告を申し立てる必要がある。 |
振出人が手形の呈示なく支払ってくれる場合 |
下記「司法書士佐藤大輔の私見」をご参照。
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私も当初は次のように考えました。
「手形上の支払期日が、至近の場合」は、公示催告を申立て除権決定を受ける必要性は乏しいのではないか?もっと言うと・・・除権決定よりも先に「手形上の支払期日」が到来することが予想される場合には公示催告(除権決定)を申立てる意味はないのではないか?
ところが、よく考えると、次のような疑問が生じました。
除権決定を申立しなかった場合に「裏書譲渡日を、手形上の支払期日以前の日付に、バックデートされた場合(裏書は支払期日以前なので、当然そうする)」にはどうなるのか?!
支払呈示期間以降に銀行に持参しても支払ってもらえないけれど、振出人に持参すれば振出人には支払義務があります。消滅時効完成まで、いつまでも・・・。手形上の債権は3年で時効消滅するも、不当利得構成で10年請求できるとする説もある。
従って「振出人が手形の呈示なく支払ってくれる場合」であっても、公示催告の申立を行うべきであるというのが、私なりの現時点の結論です。