差押えが不奏功(空振り)でもすぐに取下してはいけない理由(民事執行法155条)=差押えによる時効中断効(時効更新効)に関する考察


「相手方に財産がないこと」をある程度予測しながらも、差押えを行なうことがあります。

実際に差押えが空振りに終わったとき、どうすれば良いでしょうか?!

もくじ
  1. 前提知識のおさらい「差押えと消滅時効の関係」
  2. 旧法の「穴」
  3. 改正法が塞いだ「穴」
  4. 消滅時効を完成させないためのベストな運用方法

前提知識のおさらい「差押えと消滅時効の関係」


「差押えと消滅時効の関係」について、下記事例でおさらいをしたいと思います。

<事例>  
日付 出来事

平成25(2013)年2月15日(金)

貸金返還請求の判決確定
平成25(2013)年3月15日(金) 債権差押命令申立❶
平成25(2013)年3月18日(月) 債権差押命令発令❷
平成25(2013)年3月20日(水) 第三債務者(銀行)への差押命令の送達完了❸
平成25(2013)年3月27日(水) 債務者への差押命令の送達完了❹
平成25(2013)年4月3日(水) 取立権が発生➎
  差押命令の不奏功(空振りで回収できず)
令和5(2023)年1月10日 「債権が消滅時効にかかりそうだから何とかして欲しい」とのご依頼

差押えによる時効中断効

差押えによって時効中断(更新)効が生じる具体的な時期は、➍の時点です(旧民法155、新民法154)。

すなわち

平成25年2月15日判決の確定によって中断(更新)された貸金返還請求権の時効は、

平成25年3月27日➍債務者への差押命令の送達完了によって再度中断(更新)されます。

強制執行不奏功と時効中断効

債務者の預金口座残高がゼロだった等の理由で、強制執行が効を奏さなかったときでも、時効を中断(更新)することができます(川島武宜編集『注釈民法 第5巻 総則(5)期間・時効138条~174条の2復刊版】』/有斐閣/2013/114頁など)。

差押取下の時効中断効への影響

差押えを取下すると、時効中断の効力が失われます(旧民法154、川島武宜編集『注釈民法 第5巻 総則(5)期間・時効138条~174条の2復刊版】』/有斐閣/2013/115頁など)。

差押え取下から6か月以内に、別の時効更新(中断)事由を生じさせないと、平成25年2月15日の判決確定の日を起算点として、消滅時効は進行していたこととなり、令和5年2月15日には消滅時効が完成してしまいます。

旧・民法第154条(金銭債権の取立て)
   差押え、仮差押え及び仮処分は、権利者の請求により又は法律の規定に従わないことにより取り消されたときは、時効の中断の効力を生じない。

上記事案での対応方法

「差押を取下せず、放置」するか「差押を取下のうえ、再申立」するかを、メリット・デメリットを分かったうえでお決めいただく必要があります。

差押を取下げせず、放置 差押を取下げのうえ再度差押命令申立

旧民事執行法の不備により永久に時効は完成しません【1】。

しかし、裁判所から通知【2】が来た場合は、6か月以内に再度差押の申立をする必要があります。

申立の日から2年以内に、差押が効を奏しない場合、裁判所から通知【2】が届く可能性があります。 
 
  取立ができなかったとき 一部の取立ができたとき
  裁判所から通知【2】が来た場合は、6か月以内に再度差押の申立をする必要があります。 満額の取立ができなかった場合は、強制執行の手続終了により再度10年の時効が進行を開始します(民法第148条)。

【1】荒木新五『消滅時効実務便覧』日本法令/2002/85頁

新民事執行法施行の令和2年4月1日までに為された差押えが対象(時効完成しない)。

旧法の不備の詳細については、下記「旧法の『穴』」を参照ください。

【2】裁判所からの通知とは「差押の結果について報告がないので、差押命令を取り消します」という旨の通知(民執155Ⅵ)です。

旧法の「穴」


旧・民法154条と、旧・民事執行法155条には、大きな穴がありました。

穴が放置されていた期間は約40年間(昭和55年10月1日施行〔昭和54年法律第4号〕されて以降、令和2年4月1日に改正法〔令和元年法律第2号〕が施行されるまでの間)にも及びます。

旧・民法第154条(差押え、仮差押え及び仮処分)
   差押え、仮差押え及び仮処分は、権利者の請求により又は法律の規定に従わないことにより取り消されたときは、時効の中断の効力を生じない。
 

>「法律の規定に従わないことにより取り消されたとき」とありますが・・・旧民事執行法には差押え不奏功のときの届出義務が規定されていませんでした。

差押債権者に届出義務がないのですから、当然「法律の規定に従わない」ことにならず、裁判所が差押えを取り消しできませんでした。

   
旧・民事執行法第155条(金銭債権の取立て)
  
  1. 金銭債権を差し押さえた債権者は、債務者に対して差押命令が送達された日から一週間を経過したときは、その債権を取り立てることができる。ただし、差押債権者の債権及び執行費用の額を超えて支払を受けることができない。

  2. 差押債権者が第三債務者から支払を受けたときは、その債権及び執行費用は、支払を受けた額の限度で、弁済されたものとみなす。

  3. 差押債権者は、前項の支払を受けたときは、直ちに、その旨を執行裁判所に届け出なければならない。

差押えが空振りした場合においても、差押債権者が差押命令を取下げしないときには、裁判所には手続を終了させることができず、半永久的に差押が継続したのです。

その結果、差押えが継続している間は、半永久的に消滅時効が完成しないということになっていました(裁判所に未決事件が溜まっていくという問題もありました。)。

改正法が塞いだ「穴」


改正・民法第148条(強制執行等による時効の完成猶予及び更新)
  
  1. 次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(申立ての取下げ又は法律の規定に従わないことによる取消しによってその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から6か月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。
    1. 強制執行
    2. 担保権の実行
    3. 民事執行法(昭和54年法律第4号)第195条に規定する担保権の実行としての競売の例による競売
    4. 民事執行法第196条に規定する財産開示手続又は同法第204条に規定する第三者からの情報取得手続
  2. 前項の場合には、時効は、同項各号に掲げる事由が終了した時から新たにその進行を始める。ただし、申立ての取下げ又は法律の規定に従わないことによる取消しによってその事由が終了した場合は、この限りでない。
改正・民事執行法第155条(差押債権者の金銭債権の取立て)
  
  1.  金銭債権を差し押さえた債権者は、債務者に対して差押命令が送達された日から1週間を経過したときは、その債権を取り立てることができる。ただし、差押債権者の債権及び執行費用の額を超えて支払を受けることができない。
  2. 差し押さえられた金銭債権が第152条第1項各号に掲げる債権又は同条第2項に規定する債権である場合(差押債権者の債権に第151条の2第1項各号に掲げる義務に係る金銭債権が含まれているときを除く。)における前項の規定の適用については、同項中「1週間」とあるのは、「4週間」とする。
  3. 差押債権者が第三債務者から支払を受けたときは、その債権及び執行費用は、支払を受けた額の限度で、弁済されたものとみなす。
  4. 差押債権者は、前項の支払を受けたときは、直ちに、その旨を執行裁判所に届け出なければならない。
  5. 差押債権者は、第1項の規定により金銭債権を取り立てることができることとなつた日(前項又はこの項の規定による届出をした場合にあつては、最後に当該届出をした日。次項において同じ。)から第3項の支払を受けることなく2年を経過したときは、同項の支払を受けていない旨を執行裁判所に届け出なければならない。
  6. 第1項の規定により金銭債権を取り立てることができることとなつた日から2年を経過した後4週間以内に差押債権者が前二項の規定による届出をしないときは、執行裁判所は、差押命令を取り消すことができる。
  7. 差押債権者が前項の規定により差押命令を取り消す旨の決定の告知を受けてから1週間の不変期間内に第四項の規定による届出(差し押さえられた金銭債権の全部の支払を受けた旨の届出を除く。)又は第5項の規定による届出をしたときは、当該決定は、その効力を失う。
  8. 差押債権者が第5項に規定する期間を経過する前に執行裁判所に第3項の支払を受けていない旨の届出をしたときは、第5項及び第6項の規定の適用については、第5項の規定による届出があつたものとみなす。

民事執行法155条はややこしい(一目瞭然という訳にはいかない)ので、図にすると次のとおりです。

取立権発生(民執155Ⅰ)【1】
▼ 
2年経過
 

差押債権者が取立ができていないことの届出

(民執155Ⅴ)

  4週間経過
 
 

裁判所は差押取消決定ができる(民執155Ⅵ)

   

 

(取消決定から1週間以内に)差押債権者が取立ができていないことの届出(民執155Ⅴ)した場合

 

(取消決定から1週間以内に)

差押債権者が取立ができていないことの届出(民執155Ⅴ)しなかった場合

   
  裁判所の差押取消決定は効力を失う(民執157Ⅶ)  
   
差押手続続行   差押手続終了
||  
消滅時効は完成しない(民148Ⅰ)   差押手続終了から6か月以内に再度差押等をしなければ、消滅時効が完成する(民148Ⅰ本文括弧書き)

【1】債務者に対して差押命令が送達された日から1週間経過後(民事執行法155Ⅰ)

消滅時効を完成させないためのベストな運用方法


裁判所からの差押取消決定を受け取ってから、1週間以内に「届出」をすることは困難です。

したがって、2年間をキッチリと管理し、民事執行法155Ⅴの届出をしながら、債務者が何等かの財産を獲得することを継続して見張っていただく。

そして、債務者が何等かの財産を獲得した場合には、不奏功の差押えを取り下げて、6か月以内に当該財産に差押えをするのがベストな運用方法だと思います。