遺言執行者に就任した方に対して、遺留分を侵害されたという当事者やその代理人弁護士から「遺留分侵害額を計算するために資料を提出して欲しい」という要請がくるときがあります。
遺言執行者としては、これにどう対応すれば良いのでしょうか?
過去の裁判例を分析し、指標を示したいと思います。
もくじ | |
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このコラムでは「相続人に対する適切な相続財産目録の交付が完了している」ことを前提に、更なる開示請求を受けた場合について、検討したいと思います。
遺言執行者に就任した方に対して、遺留分を侵害されたという当事者やその代理人弁護士から「遺留分侵害額を計算するために資料を提出して欲しい」という要請がくるときがあります。
遺言執行者としては、これにどう対応すれば良いのでしょうか?
表記要求に対して、遺言執行者の対応として考えられる選択肢は次の二通りしかなく、それに対する関係者の反応は右欄記載となります。
遺言執行者の選択肢 | 関係者からの予想される反応 |
開示する |
遺言による受益相続人から 何故開示したのかというクレーム・損害賠償請求 |
「開示しない」と回答する【1】 |
遺留分侵害された相続人から 何故開示しないのかというクレーム・損害賠償請求 |
【1】開示しないことを選択した場合であっても、無視するのはいけません。
出来れば「開示できないと判断した理由」も明記すべきと考えます。
「どちらを選択しても、損害賠償請求を受ける可能性がある」のです。
ですから・・・しっかり検討してから、回答を行なう必要があります。
遺言執行者が、専門家士業である場合や、契約上の秘密保持義務を負っている場合には、受益相続人から、守秘義務違反で損害賠償請求を受ける可能性があります。
【事案の概要】
【判示事項】
⑴23条照会を受けた相手方は、
原則 | 拒否できない。 |
例外 |
☛拒否できる。 |
⑵司法書士には守秘義務があるから、職務上知り得たあらゆる事実を常に23条照会に応じ回答する義務を負うものではない。
⑶本件では
遺言執行者としての
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> |
司法書士としての
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⑷遺言執行者には、相続人確定義務はない。本件では戸籍上の子からの請求であったのに、遺言者の子はいないという言葉を盲信し開示を拒否している。
⑸本件照会に応じなかったことは、相続人の遺留分減殺請求権の円滑な行使を拒まれたのだから、相続人に対する不法行為を構成する(慰謝料15万円認容)
【考察】
23条照会を拒否しても、弁護士「会」に対する不法行為責任は成立しない(最高裁平成28年10月18日第三小法廷判決)弁護士法23条の2第2項に基づく照会に対する報告を拒絶する行為が、同照会をした弁護士会の法律上保護される利益を侵害するものとして当該「弁護士会」に対する不法行為を構成することはない。
事例によって結論は変わるけれど…これらの論点をすべて個別に検討していくべきです。
例えば、固定資産評価証明書の開示を求められている場合には、次のように考えていきます。
「開示すべき」に傾く事情 | 「開示すべきでない」に傾く事情 |
遺言執行が完了していない(改正前民1012Ⅱ、改正民法1012Ⅲ→民645)【1】 |
遺言執行が完了している(改正前民1012Ⅱ、改正民法1012Ⅲ→民645)【1】 |
専門家士業であって法令上の守秘義務があっても、受益相続人が開示に同意している場合 |
専門家士業であれば法令上の守秘義務がある。 |
弁護士法23条の2に基づく照会であった場合 |
弁護士法23条の2に基づく照会であっても
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完全な包括遺贈の場合、遺言執行の報酬は受益相続人が支払ったのと同じだから、受益相続人の同意なく開示するのは不味い。 | |
相続財産目録に評価額を記載している場合には、根拠として示さざるを得ない。 | 相続財産目録に評価額を記載していない場合【2】 |
遺言執行対象が、遺産全てに及ぶ遺言(その余の財産は全て〇〇が相続する)の場合に、執行すべき不動産を名寄せするために取得した評価証明書であった場合、遺留分侵害額請求の資料になると分かっていて提出するのは目的外使用になりえる。 | |
(令和元年7月1日以前の遺言で) 遺言執行とは別に相続登記の依頼を受けて取得した評価証明書であった場合、遺言執行者としての立場ではなく、登記申請代理人としての立場で、たまたま持っていたに過ぎない。 |
【1】(民645条は)委任者が受任者に対し、委任契約の存続中は、委任事務処理の状況の報告請求権を有し、終了後は顛末報告請求権を有することを定める(大江忠著/第一法規/要件事実民法〔中〕債権/初版平成11年/474頁)。
委任終了後、顛末報告をした後は、遺言執行者は相続人に対する報告義務はなくなる。
【2】遺言執行者に課された「財産目録調製義務(民1011)」は「遺言執行の対象となる財産を特定する」ために課されています。よって、遺言執行者には評価額を調査する義務もなく、財産目録に遺産の評価額を記載する必要もありません(実務家も迷う遺言相続の難事件・事例式解決への戦略的道しるべ/新日本法規/遺言・相続実務問題研究会編集/編集代表野口大弁護士、藤井伸介弁護士/令和3/313p以下参照)。
この点について争われた裁判例は見当たりません。
もっとも、相続財産目録に「遺産の価格」などを記載した場合には、遺言執行者の仕事の正確性を保証するためにも、その価格の根拠となった資料を提出すべきと考えます。