スタートアップの資本政策➍優先株の注意点


普通株式に優先する権利をもつ種類株式のことを「優先株(優先株式)」といいます。

スタートアップへの投資で利用されるのは、主に「残余財産の分配」において優先権を有する優先株です。このコラムでは、スタートアップが利用する優先株の注意点についてご説明します。

 

※ スタートアップ(ベンチャー企業)以外の企業は、コラム「種類株式(優先株)の設計や発行手続」をご参照ください。

もくじ
  1. 種類株式の種類
  2. 優先株とは
    1. スタートアップへの投資で利用される優先株式
  3. 優先株に付与する「金銭を対価とする取得請求権」
  4. 優先株に付与する「普通株式を対価とする取得請求権」
  5. 優先株の登記の注意点
  6. 優先株の登記事項
  7. 優先株の登記事項でない事項

種類株式の種類


優先株(優先株式)のお話しをする前に、種類株式について理解していただく必要があります。

 

種類株式は、普通株式に対する概念で「株式の内容に特別の定めがある株式」のことです。

種類株式の種類を列挙すると下表のとおりです。

スタートアップへの投資で多く利用されているのは、中央列「一部株式に特別の定め(種類株式)」のうち太字にした種類株式です。また、種類株式は複数種類を併用することが通常であり、種類株式だけでなく投資契約でも同種の定めをすることが多いです。

全株式に特別の定め

一部株式に特別の定め

(種類株式)

属人的種類株式

発行済の全株式の内容が同じである場合において、均一な内容の中身として一定の内容を定めるもの(会107Ⅰ)で、以下3種類。

内容の異なる2つ以上の定めを置かなければ意味をなさないものとして、2以上の異なる内容を定めるもの(会108Ⅰ)で、以下9種類。

非公開会社のみ導入可能。

個々の株主に着目して株主ごとに異なり扱いを定めるもの(会109Ⅱ)。いわゆる「属人的定め」で、以下3種類

 

  1. 譲渡制限付株式
  2. 取得請求権付株式
  3. 取得条項付株式

発行する一部の株式について定めたときは種類株式となる。

  1. 剰余金配当
  2. 残余財産分配
  3. 議決権制限
  4. 譲渡制限種類株式
  5. 取得請求権付種類株式
  6. 取得条項付種類株式
  7. 全部取得条項付種類株式
  8. 拒否権付種類株式
  9. 役員選任権付種類株式
  1. 剰余金の配当
  2. 残余財産の分配
  3. 株主総会の議決権

種類株式ではありません。

「単一株式発行会社」です。

種類株式といい、発行する会社を「種類株式発行会社」という(会2⑬) 本来、種類株式ではないが、種類株式とみなされる(会109Ⅲ)。

譲渡制限付株式の内容▶「株式の譲渡制限に関する規定」欄に登記される。

取得請求権付株式、取得条項付株式の内容▶「発行する株式の内容」欄に登記される。

「発行可能種類株式総数及び発行する各種類の株式の内容」欄に登記される。

登記事項でない。

優先株とは


普通株式に優先する権利をもつ種類株式のことを「優先株(優先株式)」といいます。

スタートアップへの投資で利用されるのは、主に「残余財産の分配」において優先権を有する優先株です。

「スタートアップの資金調達については、一連の発行手続(ラウンド)について、『シリーズA』『シリーズB』『シリーズC』等といった名称が付され、それぞれのラウンドでは『A種優先株式』『B種優先株式』『C種優先株式』等と、ラウンドの名称に対応した名称が付された優先株式が発行されるのが一般的です。(山本飛翔ほか著『スタートアップの法律相談』青林書院/2023/85頁)」 

スタートアップへの投資で利用される優先株式

スタートアップへの投資で利用される優先株式では、次のような内容が定められるのが通常です。

  • 優先的残余財産分配:会社が解散するときに、普通株よりも優先して分配を受けられるようにしています。
  • 取得請求権付:株主が、発行会社に対して「株主が保有する優先株式を発行会社が取得し、その対価を交付すること」を請求できる権利(取得請求権)がついた優先株式です。次の2種類があります。
    • 金銭を対価とする取得請求権:後ほど詳しく説明します。
    • 普通株式を対価とする取得請求権:後ほど詳しく説明します。
  • 取得条項付:発行会社が、株主に対して「株主が保有する優先株式を発行会社が取得し、その対価を交付すること」を請求できる権利(取得条項)がついた株式です。発行会社が上場する場合には、優先株式を普通株式に転換することを求められます。そのための取得条項であり、対価は普通株式とします。 
  • △拒否権付:株主間契約や投資契約で定める以外に、優先株の内容としないことが多いです。
  • △役員選任権付:株主間契約や投資契約で定める以外に、優先株の内容としないことが多いです。
  • △優先配当(剰余金の優先配当):剰余金の配当は、配当可能利益の範囲内という制限があります。スタートアップは分配可能額がないことが通常ですので、優先株の内容としないことが多いです。

優先株に付与する「金銭対価の取得請求権」


取得請求権とは【株主】が、【発行会社】に対して「株主が保有する優先株式を発行会社が取得し、その対価を交付すること」を請求できる権利(取得請求権)がついた優先株式です。

そのうち対価を金銭としたものを「金銭対価の取得請求権」といいます。

目的

発行会社が株式上場前に、大企業から買収を打診されることは良くあります。

会社が買収される方法(会社を買収する方法)には色々なものがあります。

株式譲渡、合併、株式交換、株式移転、株式交付の場合には、株主に直接対価が入ります。

会社分割・事業譲渡の場合には、会社に対価が入ります。

会社が対価を受け取った場合において、会社が解散しない場合には、株主(投資家)は発行会社に対して、対価の分配を求める必要があります。

そのために「金銭を対価とする取得請求権」を優先株式の内容にしておきます。

取得請求権の行使可能時期の定め方

下記のようなものがあります。

  1. いつでも行使可能とする場合
  2. 株式上場の目標とした時期を経過した場合
  3. M&Aが発生した場合

優先株に付与する「普通株式を対価とする取得請求権」


ダウンラウンド時の調整条項(希釈化防止条項)

ダウンラウンドとは、優先株式発行時の株価よりも低い株価での株式発行を行うこと。

ダウンラウンドでは、既存株主の議決権の希釈化が生じます。

希釈化を生じさせないため、調整条項を設けることが多いです。

調整条項の種類 特徴 採用
加重平均方式  ブロードベース  調整幅が小さく、創業者始め普通株主に有利。 多い
ナローベース 両者の中間 多い
フルラチェット方式 調整幅が大きく、優先株主に有利。 少ない

加重平均方式

【1】ここに「新株予約権等の潜在株式」を含めるか、否かによってブロードベースとナローベースが異なります。

  • ブロードベース:ブロード=broad=広い。ブロードベース=広い基準。
    新株予約権等の潜在株式を含める。
  • ナローベース:ナロー=narrow=狭い。ナローベース=狭い基準。
    新株予約権等の潜在株式を含めない。

フルラチェット方式

ラチェット=ratchet=歯止め。フルラチェット=全力で(希薄化を)歯止めする。

ダウンラウンドの場合に、ダウンラウンド時における新株式の発行価額をそのまま、既存株式の発行価額とする方式です。

<具体例>

A種優先株式を1株1000円で発行後、

B種優先株式を1株800円で発行した(ダウンラウンド)場合、

フルラチェット方式による調整条項(希薄化防止条項)が設けられていると・・・

A種優先株式の取得価額を800円に調整される。取得比率は1000円÷800円=1.25

A種優先株式100株を保有する株主が普通株式を対価とする取得請求権を行使すると・・・

100株×1.25=普通株式125株が交付される。

優先株の登記の注意点


定款(通常、投資契約の別紙として定められます。)に記載された種類株式に関する事項が全て登記できるわけではありません。

したがって、定款から登記できる事項をピックアップして登記します。

 

まず、一部を抜粋することによって、次のような齟齬が生じますので、工夫が必要です(定款文言を引き直して登記する必要がある。)。

  1. 「株式公開」など法律用語ではない用語を定義付けした文章だけが登記事項でない場合に、意味が分からなくならないよう定義付けを行う必要がある。
  2. 種類株式発行時点では取締役会非設置であっても、将来取締役会を設置する可能性があります。そのようなときには「取締役会(取締役会非設置会社の場合は、取締役の過半数による決定による、以下同じ。)」などという文言を使います。
  3. 「定款第○条の規定に従い」などとなっている場合には、当該定款第○条の規定をも取り込んで登記する必要がある。

次に、定款の文言そのままを登記しない場合には、事前に管轄登記所との折衝も必要です。

優先株の登記事項


会社法108Ⅲの趣旨
   種類株式の内容は定款で定めるのが原則だが、定款変更から実際の発行までの間に時間が空くような場合のために、定款には種類株式の要項だけを定め、具体的内容は種類株式を始めて発行する時までに株主総会(取締役会設置会社では株主総会又は取締役会)の決議によって定めれば良い。
会社法施行規則20の趣旨
  20条に列挙された事項は定款で定める必要があり、列挙されていない事項は発行までの決議で定めれば良い。

会社法第911条

 

 第一項の登記においては、次に掲げる事項を登記しなければならない。

 株式会社の存続期間又は解散の事由についての定款の定めがあるときは、その定め
 資本金の額
 発行可能株式総数
 発行する株式の内容(種類株式発行会社にあっては、発行可能種類株式総数及び発行する各種類の株式の内容)
 単元株式数についての定款の定めがあるときは、その単元株式数
 発行済株式の総数並びにその種類及び種類ごとの数
 株券発行会社であるときは、その旨

会社法第108条

(異なる種類の株式)
第百八条 株式会社は、次に掲げる事項について異なる定めをした内容の異なる二以上の種類の株式を発行することができる。ただし、指名委員会等設置会社及び公開会社は、第九号に掲げる事項についての定めがある種類の株式を発行することができない。
 剰余金の配当
 残余財産の分配
 株主総会において議決権を行使することができる事項
 譲渡による当該種類の株式の取得について当該株式会社の承認を要すること。
 当該種類の株式について、株主が当該株式会社に対してその取得を請求することができること。
 当該種類の株式について、当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得することができること。
 当該種類の株式について、当該株式会社が株主総会の決議によってその全部を取得すること。
 株主総会(取締役会設置会社にあっては株主総会又は取締役会、清算人会設置会社(第四百七十八条第八項に規定する清算人会設置会社をいう。以下この条において同じ。)にあっては株主総会又は清算人会)において決議すべき事項のうち、当該決議のほか、当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議があることを必要とするもの
 当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会において取締役(監査等委員会設置会社にあっては、監査等委員である取締役又はそれ以外の取締役。次項第九号及び第百十二条第一項において同じ。)又は監査役を選任すること。
 株式会社は、次の各号に掲げる事項について内容の異なる二以上の種類の株式を発行する場合には、当該各号に定める事項及び発行可能種類株式総数を定款で定めなければならない。
 剰余金の配当 当該種類の株主に交付する配当財産の価額の決定の方法、剰余金の配当をする条件その他剰余金の配当に関する取扱いの内容
 残余財産の分配 当該種類の株主に交付する残余財産の価額の決定の方法、当該残余財産の種類その他残余財産の分配に関する取扱いの内容
 株主総会において議決権を行使することができる事項 次に掲げる事項
 株主総会において議決権を行使することができる事項
 当該種類の株式につき議決権の行使の条件を定めるときは、その条件
 譲渡による当該種類の株式の取得について当該株式会社の承認を要すること 当該種類の株式についての前条第二項第一号に定める事項
 当該種類の株式について、株主が当該株式会社に対してその取得を請求することができること 次に掲げる事項
 当該種類の株式についての前条第二項第二号に定める事項
 当該種類の株式一株を取得するのと引換えに当該株主に対して当該株式会社の他の株式を交付するときは、当該他の株式の種類及び種類ごとの数又はその算定方法
 当該種類の株式について、当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得することができること 次に掲げる事項
 当該種類の株式についての前条第二項第三号に定める事項
 当該種類の株式一株を取得するのと引換えに当該株主に対して当該株式会社の他の株式を交付するときは、当該他の株式の種類及び種類ごとの数又はその算定方法
 当該種類の株式について、当該株式会社が株主総会の決議によってその全部を取得すること 次に掲げる事項
 第百七十一条第一項第一号に規定する取得対価の価額の決定の方法
 当該株主総会の決議をすることができるか否かについての条件を定めるときは、その条件
 株主総会(取締役会設置会社にあっては株主総会又は取締役会、清算人会設置会社にあっては株主総会又は清算人会)において決議すべき事項のうち、当該決議のほか、当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議があることを必要とするもの 次に掲げる事項
 当該種類株主総会の決議があることを必要とする事項
 当該種類株主総会の決議を必要とする条件を定めるときは、その条件
 当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会において取締役又は監査役を選任すること 次に掲げる事項
 当該種類株主を構成員とする種類株主総会において取締役又は監査役を選任すること及び選任する取締役又は監査役の数
 イの定めにより選任することができる取締役又は監査役の全部又は一部を他の種類株主と共同して選任することとするときは、当該他の種類株主の有する株式の種類及び共同して選任する取締役又は監査役の数
 イ又はロに掲げる事項を変更する条件があるときは、その条件及びその条件が成就した場合における変更後のイ又はロに掲げる事項
 イからハまでに掲げるもののほか、法務省令で定める事項
 前項の規定にかかわらず、同項各号に定める事項(剰余金の配当について内容の異なる種類の種類株主が配当を受けることができる額その他法務省令で定める事項に限る。)の全部又は一部については、当該種類の株式を初めて発行する時までに、株主総会(取締役会設置会社にあっては株主総会又は取締役会、清算人会設置会社にあっては株主総会又は清算人会)の決議によって定める旨を定款で定めることができる。この場合においては、その内容の要綱を定款で定めなければならない。

会社法施行規則

(種類株式の内容)

第二十条 法第108条第3項に規定する法務省令で定める事項は、次の各号に掲げる事項について内容の異なる種類の株式の内容のうち、当該各号に定める事項以外の事項とする。
 剰余金の配当 配当財産の種類
 残余財産の分配 残余財産の種類
 株主総会において議決権を行使することができる事項 法第百八条第二項第三号イに掲げる事項
 譲渡による当該種類の株式の取得について当該株式会社の承認を要すること 法第百七条第二項第一号イに掲げる事項
 当該種類の株式について、株主が当該株式会社に対してその取得を請求することができること 次に掲げる事項
 法第百七条第二項第二号イに掲げる事項
 当該種類の株式一株を取得するのと引換えに当該種類の株主に対して交付する財産の種類
 当該種類の株式について、当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得することができること 次に掲げる事項
 一定の事由が生じた日に当該株式会社がその株式を取得する旨
 法第百七条第二項第三号ロに規定する場合における同号イの事由
 法第百七条第二項第三号ハに掲げる事項(当該種類の株式の株主の有する当該種類の株式の数に応じて定めるものを除く。)
 当該種類の株式一株を取得するのと引換えに当該種類の株主に対して交付する財産の種類
 当該種類の株式について、当該株式会社が株主総会の決議によってその全部を取得すること 法第百八条第二項第七号イに掲げる事項
 株主総会(取締役会設置会社にあっては株主総会又は取締役会、清算人会設置会社にあっては株主総会又は清算人会)において決議すべき事項のうち、当該決議のほか、当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議があることを必要とするもの 法第百八条第二項第八号イに掲げる事項
 当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会において取締役(監査等委員会設置会社にあっては、監査等委員である取締役又はそれ以外の取締役)又は監査役を選任すること 法第百八条第二項第九号イ及びロに掲げる事項
 次に掲げる事項は、前項の株式の内容に含まれるものと解してはならない。
 法第百六十四条第一項に規定する定款の定め
 法第百六十七条第三項に規定する定款の定め
 法第百六十八条第一項及び第百六十九条第二項に規定する定款の定め
 法第百七十四条(相続人等に対する売渡請求)に規定する定款の定め
 法第百八十九条第二項及び第百九十四条第一項に規定する定款の定め
 法第百九十九条第四項及び第二百三十八条第四項に規定する定款の定め

優先株の登記事項ではない事項


× A種優先株主は、当会社の株主総会においてA種優先株式1株につき1個の議決権を有する。
× 当会社は、株式の分割又は併合を行うときは、全ての種類の株式につき同一割合でこれを行う。
× 合併、株式交換又は株式移転の場合の措置
× 当会社は、法令に別段の定めがある場合を除き、会社法第199条第4項、第200条第4項、第238条第4項、第239条第4項及び第795条第4項に規定する事項その他会社法に規定する一切の事項について、種類株主総会の決議を要しない。