普通株式に優先する権利をもつ種類株式のことを「優先株(優先株式)」といいます。
スタートアップへの投資で利用されるのは、主に「残余財産の分配」において優先権を有する優先株です。このコラムでは、スタートアップが利用する優先株の注意点についてご説明します。
※ スタートアップ(ベンチャー企業)以外の企業は、コラム「種類株式(優先株)の設計や発行手続」をご参照ください。
もくじ | |
|
優先株(優先株式)のお話しをする前に、種類株式について理解していただく必要があります。
種類株式は、普通株式に対する概念で「株式の内容に特別の定めがある株式」のことです。
種類株式の種類を列挙すると下表のとおりです。
スタートアップへの投資で多く利用されているのは、中央列「一部株式に特別の定め(種類株式)」のうち太字にした種類株式です。また、種類株式は複数種類を併用することが通常であり、種類株式だけでなく投資契約でも同種の定めをすることが多いです。
全株式に特別の定め |
一部株式に特別の定め (種類株式) |
属人的種類株式 |
発行済の全株式の内容が同じである場合において、均一な内容の中身として一定の内容を定めるもの(会107Ⅰ)で、以下3種類。 |
内容の異なる2つ以上の定めを置かなければ意味をなさないものとして、2以上の異なる内容を定めるもの(会108Ⅰ)で、以下9種類。 |
非公開会社のみ導入可能。 個々の株主に着目して株主ごとに異なり扱いを定めるもの(会109Ⅱ)。いわゆる「属人的定め」で、以下3種類 |
発行する一部の株式について定めたときは種類株式となる。 |
|
|
種類株式ではありません。 「単一株式発行会社」です。 |
種類株式といい、発行する会社を「種類株式発行会社」という(会2⑬) | 本来、種類株式ではないが、種類株式とみなされる(会109Ⅲ)。 |
譲渡制限付株式の内容▶「株式の譲渡制限に関する規定」欄に登記される。 取得請求権付株式、取得条項付株式の内容▶「発行する株式の内容」欄に登記される。 |
「発行可能種類株式総数及び発行する各種類の株式の内容」欄に登記される。 |
登記事項でない。 |
普通株式に優先する権利をもつ種類株式のことを「優先株(優先株式)」といいます。
スタートアップへの投資で利用されるのは、主に「残余財産の分配」において優先権を有する優先株です。
「スタートアップの資金調達については、一連の発行手続(ラウンド)について、『シリーズA』『シリーズB』『シリーズC』等といった名称が付され、それぞれのラウンドでは『A種優先株式』『B種優先株式』『C種優先株式』等と、ラウンドの名称に対応した名称が付された優先株式が発行されるのが一般的です。(山本飛翔ほか著『スタートアップの法律相談』青林書院/2023/85頁)」
スタートアップへの投資で利用される優先株式では、次のような内容が定められるのが通常です。
取得請求権とは【株主】が、【発行会社】に対して「株主が保有する優先株式を発行会社が取得し、その対価を交付すること」を請求できる権利(取得請求権)がついた優先株式です。
そのうち対価を金銭としたものを「金銭対価の取得請求権」といいます。
発行会社が株式上場前に、大企業から買収を打診されることは良くあります。
会社が買収される方法(会社を買収する方法)には色々なものがあります。
株式譲渡、合併、株式交換、株式移転、株式交付の場合には、株主に直接対価が入ります。
会社分割・事業譲渡の場合には、会社に対価が入ります。
会社が対価を受け取った場合において、会社が解散しない場合には、株主(投資家)は発行会社に対して、対価の分配を求める必要があります。
そのために「金銭を対価とする取得請求権」を優先株式の内容にしておきます。
下記のようなものがあります。
ダウンラウンドとは、優先株式発行時の株価よりも低い株価での株式発行を行うこと。
ダウンラウンドでは、既存株主の議決権の希釈化が生じます。
希釈化を生じさせないため、調整条項を設けることが多いです。
調整条項の種類 | 特徴 | 採用 | |
加重平均方式 | ブロードベース | 調整幅が小さく、創業者始め普通株主に有利。 | 多い |
ナローベース | 両者の中間 | 多い | |
フルラチェット方式 | 調整幅が大きく、優先株主に有利。 | 少ない |
【1】ここに「新株予約権等の潜在株式」を含めるか、否かによってブロードベースとナローベースが異なります。
ラチェット=ratchet=歯止め。フルラチェット=全力で(希薄化を)歯止めする。
ダウンラウンドの場合に、ダウンラウンド時における新株式の発行価額をそのまま、既存株式の発行価額とする方式です。
<具体例>
A種優先株式を1株1000円で発行後、
B種優先株式を1株800円で発行した(ダウンラウンド)場合、
フルラチェット方式による調整条項(希薄化防止条項)が設けられていると・・・
A種優先株式の取得価額を800円に調整される。取得比率は1000円÷800円=1.25
A種優先株式100株を保有する株主が普通株式を対価とする取得請求権を行使すると・・・
100株×1.25=普通株式125株が交付される。
定款(通常、投資契約の別紙として定められます。)に記載された種類株式に関する事項が全て登記できるわけではありません。
したがって、定款から登記できる事項をピックアップして登記します。
まず、一部を抜粋することによって、次のような齟齬が生じますので、工夫が必要です(定款文言を引き直して登記する必要がある。)。
次に、定款の文言そのままを登記しない場合には、事前に管轄登記所との折衝も必要です。
会社法108Ⅲの趣旨 | |
種類株式の内容は定款で定めるのが原則だが、定款変更から実際の発行までの間に時間が空くような場合のために、定款には種類株式の要項だけを定め、具体的内容は種類株式を始めて発行する時までに株主総会(取締役会設置会社では株主総会又は取締役会)の決議によって定めれば良い。 | |
会社法施行規則20の趣旨 | |
20条に列挙された事項は定款で定める必要があり、列挙されていない事項は発行までの決議で定めれば良い。 |
3 第一項の登記においては、次に掲げる事項を登記しなければならない。
(種類株式の内容)
× | A種優先株主は、当会社の株主総会においてA種優先株式1株につき1個の議決権を有する。 |
× | 当会社は、株式の分割又は併合を行うときは、全ての種類の株式につき同一割合でこれを行う。 |
× | 合併、株式交換又は株式移転の場合の措置 |
× | 当会社は、法令に別段の定めがある場合を除き、会社法第199条第4項、第200条第4項、第238条第4項、第239条第4項及び第795条第4項に規定する事項その他会社法に規定する一切の事項について、種類株主総会の決議を要しない。 |