取締役会は、コーポレートガバナンス上重要な機関ですが、緊急事態への対処には弱い側面もあります。取締役の人数が多い会社では取締役会の要件「過半数出席して、その過半数の同意」が得られないことがあるからです。
「不測の事態が発生し、銀行から緊急に借入れする必要がある場合」や「社運をかけるほどの大きな不動産の購入で売主への回答期限が短い場合」などには、間に合わないこともあるかもしれません。
そんな取締役会の弱点を補うために導入を検討いただきたいのが「特別取締役」制度です。
なお、特別取締役による議決の制度創設に伴い、重要財産委員会の制度は廃止されました。
もくじ | |
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取締役会決議の決議が必要な緊急事態が発生した場合でも、取締役の数が多い会社のときには、取締役会の要件「過半数出席・過半数賛成」を満たすことが困難であることがあります。
そこで、下記要件をみたした会社では、取締役会の議案が「重要な財産の譲受・譲渡」又は「多額の借財」である場合に、あらかじめ選定した3名以上の取締役をもって議決することが認められています。
会社の要件 (いずれにも該当必要) |
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議案の要件 (いずれかに該当必要) |
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効果 (会社法373条) |
本来は取締役会の承認が必要であるところ、特別取締役のみが参加した取締役会で承認されれば良い。 |
【1】会373Ⅰ括弧書き(指名委員会等設置会社を除く。)。∵指名委員会等置会社においては、重要財産の処分及び譲受け並びに多額の借財の決定を執行役に委任できることから(会社法416ⅡⅣ)、特別取締役制度の採用は認められていない。
【2】会373Ⅰ括弧書き(監査等委員会設置会社にあっては、第399条の13第5項に規定する場合又は同条第6項の規定による定款の定めがある場合を除く。)
取締役は、会社経営に関する様々な事項を決定する権限を有しています(会社法348)。
重要な事項を除き、取締役は他の取締役に対して決定を委任することもできます。
どの事項を他の取締役に委任できるか否かは、取締役会設置会社か、非設置会社かによって異なります。
取締役会設置会社では、下記事項については各取締役へ委任することが認められない結果、取締役会でしか決議できません(会362Ⅳ)。
特別取締役を設けた取締役会設置会社では、このうち「1.」「2.」について予め選定された3名以上の特別取締役の決議により決定することができます。
それ以外の「3.」~「7.」の事項については特別取締役を設置しても特別取締役のみでは決議することはできません。
なお、取締役会非設置会社では、下記事項については各取締役へ委任することが認められない結果、取締役の過半数をもって決定しなければなりません(会348ⅡⅢ)が、重要な財産の処分・譲受、多額の借財が含まれていません。
以上をまとめると次表のとおりです。
取締役会設置会社 | 取締役会非設置会社 | |||
特別取締役なし |
特別取締役あり |
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議 案 の 種 類 |
重要な財産の処分及び譲り受け | 取締役会専権 |
特別取締役の取締役会に委任可能 |
他の取締役に委任可能 |
多額の借財 | 取締役会専権 | 特別取締役の取締役会に委任可能 |
他の取締役に委任可能 |
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支配人の選任及び解任 | 取締役会専権 | 取締役会専権 | 取締役過半数専権 | |
支店の設置、移転及び廃止 | 取締役会専権 | 取締役会専権 | 取締役過半数専権 | |
株主総会の招集 | 取締役会専権 | 取締役会専権 | 取締役過半数専権 | |
内部統制システムの構築 | 取締役会専権 | 取締役会専権 | 取締役過半数専権 | |
定款の定めに基づく取締役の責任の一部免除 | 取締役会専権 | 取締役会専権 | 取締役過半数専権 |
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特別取締役を何人置くべきか?
具体的に誰を特別取締役に選任しておくべきか?
特別取締役に関する種々を決議いただきます(会社法373Ⅰ)。
特別取締役による議決に関する定めを決議いただきます。
3名以上の特別取締役を選定いただきます。
なお、これら事項は取締役会の決議事項とされていますので、特別取締役に関する種々を定款に設ける必要はありません。
「特別取締役制度は取締役会の決議要件の特則であり,特別取締役による取締役会の決議は,特別取締役のうち,議決に加わることができるものの過半数が出席し,その過半数により行うことができる(373条1項)。この定足数及び決議要件を加重することができる点は,通常の取締役会の場合と同様であるが,取締役会の決議によって加重することができる点(同項括弧書)で,定款で定めることが必要となる通常の取締役会(369条1項括弧書)の場合とは異なる。(宍戸善一 (一橋大学教授)/監修 岩倉正和 (一橋大学教授・弁護士),佐藤丈文 (弁護士)/編著『会社法実務解説』(有斐閣、2011年)282頁)」
第〇号議案 特別取締役による議決の定めの設定の件 | ||
議長より、会社法第373条第1項の規定に基づき、会社法第362条第4項第1号および第2号に掲げる事項についての取締役会決議については、特別取締役のうち、議決に加わることができるものの過半数が出席し、その過半数をもって行うことができるものとしたい旨を提案し、議場に諮ったところ全員異議なく承認可決した。 | ||
第〇号議案 特別取締役選定の件 |
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議長より、取締役A、取締役Bおよび取締役Cを特別取締役として選定したい旨を提案し、議場に諮ったところ全員異議なく承認可決した。 被選任者は、その場で就任を承諾した。 |
議案について、引用元:森・濱田松本法律事務所 編 松井秀樹 著『新・会社法実務問題シリーズ/7会社議事録の作り方〈第3版〉 株主総会・取締役会・監査役会・委員会』(中央経済社、2022年)292頁
特別取締役による議決に関する定め、特別取締役の氏名、取締役のうち社外取締役であるものについてその旨を登記します(会社法911Ⅲ㉑)。
選任・就任承諾から2週間以内に登記申請をする必要があります。
2週間は意外とすぐに経ちますので、速やかに準備が必要です。
株式会社変更登記申請書 | |
登記の事由 | 取締役及び特別取締役の変更 |
特別取締役の議決の定めの設定 | |
登記すべき事項 | 別紙のとおり |
添付書類 |
委任状 |
取締役会議事録 |
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就任承諾書 | |
登録免許税 |
6万円 |
ただし、資本金1億円以下の会社:4万円(登録免許税法別表二十四(一)カ・ツ) |
登記すべき事項の記載例(登記申請書の一部) | |
「役員に関する事項」 「資格」取締役 「氏名」戊野七郎 「役員に関するその他の事項」(社外取締役) 「原因年月日」平成19年10月8日社外取締役の登記 「役員に関する事項」 「資格」特別取締役 「氏名」甲野太郎 「原因年月日」平成○○年○○月○○日就任 「役員に関する事項」 「資格」特別取締役 「氏名」戊野七郎 「原因年月日」平成○○年○○月○○日就任 「役員に関する事項」 「資格」特別取締役 「氏名」戊野八郎 「原因年月日」平成○○年○○月○○日就任 「特別取締役に関する事項」特別取締役の議決の定めがある。 「原因年月日」平成19年10月1日設定 |
上記「登記すべき事項の記載例」については、吉岡誠一/著『新・株式会社の登記実務 145問と書式解説』(日本加除出版、2018年)435頁を、下記登記事項証明書(登記簿謄本)の記載例になるよう改変しました。
上記登記申請を行なうと次のような登記簿ができあがります。
登記事項証明書(登記簿謄本)の記載例 | ||
役員に関する事項
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取締役 甲 野 太 郎【1】 | |
取締役 乙 野 次 郎 | ||
取締役 丙 野 五 郎 | ||
取締役 戊 野 七 郎【2】
取締役 戊 野 七 郎【2】 (社外取締役) |
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平成19年10月8日社外 取締役の登記 |
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取締役 戊 野 八 郎【3】 | ||
取締役 戊 野 九 郎 | ||
特別取締役 甲 野 太 郎【1】
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平成19年10月 1日就任 | |
平成19年10月 8日登記 | ||
特別取締役 戊 野 七 郎【2】
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平成19年10月 1日就任 | |
平成19年10月 8日登記 | ||
特別取締役 戊 野 八 郎【3】
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平成19年10月 1日就任 | |
平成19年10月 8日登記 | ||
東京都大田区東蒲田二丁目3番1号 代表取締役 甲 野 太 郎 |
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監査役 丁 野 六 郎 | ||
取締役会設置会社 に関する事項 |
取締役会設置会社
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監査役設置会社に 関する事項 |
監査役設置会社
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特別取締役に関す る事項 |
特別取締役による議決の定めがある 平成19年10月 1日設定 平成19年10月 8日登記 |
上記「登記事項証明書(登記簿謄本)の記載例」について「会社法の施行に伴う商業登記記録例について」法務省/77頁より引用しました。
【1】甲野太郎さんは取締役でしたが、特別取締役にも選定された結果、名前が2回登記されています。
【2】戊野七郎さんも取締役でしたが、特別取締役制度導入の要件の一つである「社外取締役」でもあるので「社外取締役」と付記され、特別取締役にも選定された結果、名前が2回登記されます。
【3】戊野八郎さんも取締役でしたが、特別取締役にも選定された結果、名前が2回登記されています。
【4】特別取締役以外の取締役、代表取締役および監査役の右側に就任年月日・登記年月日の記載がないのは、法務省作成の記載例が、設立後間もない会社を想定して、平成18年頃に作成されたからであろうと思います。
緊急事態の重大性・緊急性などを勘案して、招集すべきは「通常の取締役会」か「特別取締役の取締役会」かを決定します。
「特別取締役制度は,取締役会の決議要件の特則にすぎず,これにより取締役会は当該事項の決定権限を喪失するわけではないから,特別取締役による議決に関する定めがある場合であっても,当該事項を通常の取締役会において決議することは可能である。(宍戸善一 (一橋大学教授)/監修 岩倉正和 (一橋大学教授・弁護士),佐藤丈文 (弁護士)/編著『会社法実務解説』(有斐閣、2011年)282頁)」
特別取締役による取締役会を招集する者は、各特別取締役および各監査役に通知して招集する(法373II・368I)。
特別取締役による取締役会に出席する監査役は監査役の互選で定めることができるとされていますが、招集通知は全監査役に対して送付しなければなりません。
通常の取締役会では認められる書面決議(決議省略、会社法370)については、明文で、特別取締役による取締役会には適用されない旨が定められている(会社法373IV)のでご注意ください。
また、監査役による取締役会の招集に関する規定は、特別取締役による取締役会には適用されず(会社法383IV)、監査役は、特別取締役による取締役会を招集することはできませんのでご注意ください。
「特別取締役以外の取締役であっても,特別取締役による取締役会に出席することは可能である。
特別取締役による取締役会は,その法的位置づけが通常の取締役会と変わらないため,監査役については,原則として,全員が出席義務を有することとなる。ただし,監査役は,互選により当該取締役会に出席すべき監査役を定めることが可能であり(383条1項但書),この場合には,他の監査役は出席義務を負わないこととなる。(宍戸善一 (一橋大学教授)/監修 岩倉正和 (一橋大学教授・弁護士),佐藤丈文 (弁護士)/編著『会社法実務解説』(有斐閣、2011年)281頁)」
特別取締役よる取締役会の決議については、遅滞なく、その内容を他の取締役に報告する必要があります(会社法373Ⅲ)。
取締役会議事録には、特別取締役による取締役会である旨の記載が必要です(会規則101Ⅲ②)。
業務内容 | 司法書士の報酬 | 費用 |
特別取締役制度導入相談 議事録作成 特別取締役の議決の定め/役員変更登記 |
66,000円(税込) |
登録免許税6万円 その他1万円ほど |
取締役会規程の設計・見直し |
110,000円(税込) |