医療法人と理事の利益相反(承認決議の特殊性、不動産登記の添付書類)


医療法人とその理事が不動産売買をする場合、利益相反行為(利害相反取引)に該当します。

そこで、不動産登記を申請する際には、利益相反行為の承認を行った議事録を添付します。

ここまでは医療法人も、株式会社や一般社団法人と同じです。ところが、医療法人の利益相反行為の承認には、他にも注意すべき事項や、必要な添付書類があるのです。

 

司法書士は、法人制度のスペシャリストですが、司法書士であれば全員一度は「医療法人は、もう少し株式会社や一般社団法人と似たものであって欲しい。」と思ったことがあります。

それほど「医療法人制度は特殊」なのです。

  

この記事では、➊医療法人の利益相反承認手続の特殊性と、➋不動産登記の添付書類について解説します。

もくじ
  1. 利益相反行為とは
  2. 医療法人の利益相反承認手続きの特殊性
    1. 「特別代理人」制度は、法改正によって廃止
    2. 利益分配が禁止されていることから生じる問題
    3. 定款や寄附行為に特殊な規定がないかは要チェック
    4. 理事・監事が登記事項でないことにより生じる問題
  3. 不動産登記の添付書類
    1. 医療法人の役員であることの証明書(みほん)
    2. 医療法人の役員であることの証明書の取得方法
    3. 登記添付書類(医療法人「社団」の場合)
    4. 登記添付書類(医療法人「財団」の場合)

〔凡例〕この記事では、下記のとおり略記します。

  • 医療法46の8の2Ⅰ:医療法第46条の8の2第1項
  • 一般法人法:一般社団法人及び一般財団法人に関する法律

利益相反行為とは


一般的な利益相反に関する説明は、記事「会社役員間の利益相反取引『見分け方』と『具体的な対応方法』」をご参照ください。

 

「個人である理事長A」と「Aが理事長をつとめる医療法人」との間で、契約(取引)することは、民法108条が双方代理(利益相反取引)として禁止しています。

医療法は、理事会の承認を受けた利益相反取引については、民法108条の双方代理の禁止を適用しないと規定しています(医療法46の6の4→一般法人法84Ⅱ)ので、理事長が双方代理(利益相反取引)を行うことができるのです。

民法108条(自己契約及び双方代理等)
 
  1. 同一の法律行為について、相手方の代理人として、又は当事者双方の代理人としてした行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、債務の履行及び本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。
  2. 前項本文に規定するもののほか、代理人と本人との利益が相反する行為については、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。

一般社団法人及び一般財団法人に関する法律第84条(競業及び利益相反取引の制限)
 
  1. 理事は、次に掲げる場合には、社員総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。

    一 理事が自己又は第三者のために一般社団法人の事業の部類に属する取引をしようとするとき。

    二 理事が自己又は第三者のために一般社団法人と取引をしようとするとき。

    三 一般社団法人が理事の債務を保証することその他理事以外の者との間において一般社団法人と当該理事との利益が相反する取引をしようとするとき。

  2. 民法第108条の規定は、前項の承認を受けた同項第二号又は第三号の取引については、適用しない。

したがって、医療法人がその理事と利益相反取引を行う場合には、事前に理事会の承認を得る必要があります。

また、利益相反取引を行った後、当該理事は、理事会へ報告する義務があります(医療法46の7の2→一般法人法92Ⅱ。理事会への事後報告)。

さらに、都道府県庁に対して毎年提出する「関係事業者との取引の状況に関する報告書」に漏れなく記載して提出します。 

医療法人の利益相反承認手続きの特殊性


「特別代理人」制度は、法改正によって廃止

医療法には下記条文が存在していましたが、平成28年9月1日改正医療法では削除され「特別代理人」制度は廃止されました(旧・医療法46の4Ⅵ)。

理事が欠けた場合に選任が必要であった「仮理事」制度も廃止されています(旧・医療法46の4Ⅴ)。

これらの改正は、実務的には歓迎すべきことと思います。

旧・医療法第46条の4(理事長の職務等)
 
  1. 理事長は、医療法人を代表し、その業務を総理する。
  2. 理事長に事故があるとき、又は理事長が欠けたときは、定款又は寄附行為の定めるところにより、他の理事が、その職務を代理し、又はその職務を行う。
  3. 医療法人の業務は、定款又は寄附行為に別段の定めがないときは、理事の過半数で決する。
  4. 理事は、定款若しくは寄附行為又は社員総会の決議によつて禁止されていないときに限り、特定の行為の代理を他人に委任することができる。
  5. 理事が欠けた場合において、医療法人の業務が遅滞することにより損害を生ずるおそれがあるときは、都道府県知事は、利害関係人の請求により又は職権で、仮理事を選任しなければならない。
  6. 医療法人と理事との利益が相反する事項については、理事は、代理権を有しない。この場合においては、都道府県知事は、利害関係人の請求により又は職権で、特別代理人を選任しなければならない。
  7. (省略)

利益分配が禁止されていることから生じる問題

医療法54条は「医療法人は、剰余金の配当をしてはならない。」と定めています。いわゆる「利益分配の禁止」です。

医療法人と理事長との間で取引する場合に、妥当な価格を超えた取引が行なうと、事実上医療法人の利益を分配したことになります。

例えば、兵庫県では「医療法人関係者と医療法人の間の取引について」というルールを定めています。一部を抜粋します。

医療法人関係者と医療法人の間の取引について(兵庫県)一部抜粋/赤枠は筆者による
医療法人関係者と医療法人の間の取引について(兵庫県)一部抜粋/赤枠は筆者による

<まとめ>

理事長や3親等内の親族が、医療法人に対して、不動産を売却する場合には、下記いずれかの書類を用意し、記載された金額以下でしか売却できないことになります。

  1. 税理士による路線価方式又は倍率方式による算出金額
  2. (1.で算出金額よりもメリットがある場合には)不動産鑑定士による鑑定評価書

なお、市町発行の固定資産税評価証明書による評価額は、通常、時価の3割引と言われていますので、安すぎるでしょう。

定款や寄附行為に特殊な条項がないかも要チェック

社団である医療法人には「定款」が、財団である医療法人には「寄附行為」があり、それぞれ都道府県の認可を受けています。

ところが、とんでもない条項が紛れていることがあり、頭を悩ませます。

医療法人は定款や寄附行為を遵守する必要があるからです。

不動産登記の場合であっても、必ず定款や寄附行為をチェックする必要があります。

記事「定款提出を求められたときの対応◎当社の定款はどこにあるのか?」もご参照ください。

 

理事・監事が登記事項でないことにより生じる問題

医療法人が理事と取引(契約)をする場合には、利益が相反します。そこで、本当に医療法人がその理事と取引をしても良いのか、理事会で事前に承認する必要があります(医療法46の6の4→一般法人法84、医療法46の7の2→一般法人法92Ⅰ)。
理事会で承認されたことは、理事会議事録を提出すれば証明できます。

 

ところが、医療法人については(代表理事だけが登記され)理事や監事は登記されていません(組合等登記令1→同別表→同2Ⅱ④)。そこで、理事会に出席した理事や監事が利益相反決議当時に本当に理事や監事であったことの証明が必要となるのです。
なお、医療法人の監事には、会計監査権限のほか、業務監査権限もあります(医療法46の8①)ので、理事会への出席義務があります(医療法46の8の2Ⅰ)。

以上の内容を反映した「登記等の添付書類」については、次項でご説明します。

不動産登記の添付書類


都道府県によっては、県庁医事課、保健所又は保険福祉事務所などが「医療法人の役員であることの証明書」を発行してくれる模様です。一方、発行してくれない都道府県もございます。

長崎県庁HP「医療法人の役員であることの証明について」最終アクセス250411

秋田県庁HP「医療法人の役員であることの証明」最終アクセス250411

 

また、法務局によっても「医療法人の役員であることの証明書」が必要な管轄、ダメな管轄がある模様です。

したがって、登記を担当する司法書士は、事前に都道府県及び法務局と調整する必要があります。

 

医療法人の役員であることの証明書(みほん)

下記は、長崎県の例です。都道府県によっては、利害相反取引の内容も「証明願い」に記載する必要があります。

医療法人の役員であることの証明書の取得方法

【必要書類】都道府県により違いはありますが、概ね次の書類の提出が求められます。

  • 証明願い(2通:各都道府県庁HPから取得できると思います。)
  • 役員選任時の社員総会議事録(医療法人財団なら評議員会議事録)
  • 役員の住所証明書(住民票など)
  • 利害相反取引に関する資料(売買契約書など)

証明書をとるのに、選任議事録の添付が必要なら、登記には選任議事録だけを添付できれば楽なのですが、法務局の管轄によって、この証明書の提出を要求されるので仕方ありません。

医療法人には「社団」と「財団」がありますので、次のとおりに分類できます。

 

不動産登記添付書類(医療法人「社団」の場合)

都道府県庁等が「証明書」発行が可能な場合で、法務局も「証明書」必要とするとき

右記以外の場合
  • 医療法人の役員であることの証明書【都道府県庁等による証明書】
  • 理事・監事が選任されたことを証する【社員総会議事録】
  • 理事・監事の就任承諾を証する【就任承諾書(社員総会議事録の記載を援用できる場合は不要)】
  • 医療法人と理事の利益相反行為を承認する【理事会議事録=出席した理事・監事が個人実印を押印】
  • 同左
  • 理事会に出席した理事・監事の【個人の印鑑証明書】
  • 同左

不動産登記添付書類(医療法人「財団」の場合)

都道府県庁等が「証明書」発行が可能な場合で、法務局も「証明書」必要とするとき

右記以外の場合
  • 医療法人の役員であることの証明書【都道府県庁等による証明書】
  • 理事・監事が選任されたことを証する【評議員会議事録】
  • 理事・監事の就任承諾を証する【就任承諾書(ただし、評議員会議事録の記載を援用できる場合は不要)】
  • 医療法人と理事の利益相反行為を承認する【理事会議事録=出席した理事・監事が個人実印を押印】
  • 同左
  • 理事会に出席した理事・監事の【個人の印鑑証明書】
  • 同左

医療法人社団か、医療法人財団か、分からない場合

記事「医療法人の正式名称に『社団』や『財団』という文字は必要なのか?」をご参照のうえ、「社団」なのか「財団」なのかを見分けてください。