契約書における「損害賠償」の定め方


契約書の条項は、難しいです。

ここでは、契約書における「損害賠償」の定め方を詳しく解説していきます。

もくじ
  1. 契約条項「損害賠償の範囲」に対する法規制
    1. 消費者契約法
    2. 下請法(下請代金支払遅延等防止法)
    3. フリーランス保護法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)
    4. (定型約款の場合)民法
  2. 契約条項「損害賠償の範囲」の具体例
    1. 委託者側(顧客側、サービス利用者側)に有利
    2. 受託者側(サービス提供側)に有利

契約条項「損害賠償の範囲」に対する法規制


「契約自由の原則」も、今となっては昔の話。

下記の法律がそれぞれ「損害賠償の範囲」に対して法規制を設けていますので、ご注意ください。

 

消費者契約法

消費者契約法(以下「消契法」といいます。)は、事業者が消費者との間で契約をするときに適用される法律です。

消契法は、下記2つの事項を規制しています。

  • 事業者の消費者に対する損害賠償責任を制限する条項は、無効(消契法8)
  • 消費者の事業者に対する損害賠償責任を加重する条項は、超える部分が無効(消契法9)
「事業者の消費者に対する損害賠償責任を制限する条項」のうち、下記のものは無効
 
  1. 事業者の損害賠償責任の全部を免除する条項(消契法8Ⅰ①、③)
  2. 事業者の故意又は重過失による損害賠償責任の一部を免除する条項(消契法8Ⅰ②、④)
  3. 事業者に損害賠償責任の有無を決定する権限を付与する条項(消契法8Ⅰ①後段、②後段、③後段、④後段)
 
「消費者の事業者に対する損害賠償額又は違約金を定める条項」のうち、下記を超える部分は無効
 
  1. 同種の契約解除に伴い、事業者に生ずる平均的損害の額を超える部分(消契法9Ⅰ①)
  2. 遅延損害金の年利14.6%を超える部分(消契法9Ⅰ②)

下請法(下請代金支払遅延等防止法)

下記関係が成り立つときには、遅延損害金が当然発生し、遅延損害金の利率も年14.6%と法定されています(下請法4の2→下請代金支払遅延等防止法第4条の2の規定による遅延利息の率を定める規則)。

  親事業者 下請事業者

・物品の製造委託

・修理委託

・情報成果物委託(プログラムの作成に限る)

・役務提供委託(運送、物品の倉庫における保管及び情報処理に限る)

資本金3億円超の法人事業者 資本金3億円以下の法人事業者(又は個人事業者)
資本金1000万円超3億円以下の法人事業者 資本金1000万円以下の法人事業者(又は個人事業者)

・情報成果物委託(プログラムの作成を除く)

・役務提供委託(運送、物品の倉庫における保管及び情報処理を除く)

資本金5000万円超の法人事業者 資本金5000万円以下の法人事業者(又は個人事業者)
資本金1000万円超5000万円以下の法人事業者 資本金1000万円以下の法人事業者(又は個人事業者)

フリーランス保護法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)

フリーランス保護法には、損害賠償の範囲を規制する規定はありません。

 

フリーランスに仕事を依頼するときの「支払期日」は、依頼者はフリーランスから納品を受けた日(依頼内容が商品の納品ではなく、サービスの提供の場合は、フリーランスからサービスの提供を受けた日)から起算して60日の期間内において、かつ、できる限り短い期間内において、定められなければなりません(フリーランス保護法4)。

(定型約款の場合)民法

民法第548条の2、第2項
 
  1. (略)
  2.  (定型約款)の条項のうち、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第一条第二項に規定する基本原則(※筆者注「信義則」のこと。)に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。

そして、「信義則に反して相手方の利益を一方的に害する条項と解され得る場合」として経済産業省は、以下の3つの例を挙げています。

  • 定型約款準備者の故意又は重過失による損害賠償責任を免責する条項
  • 過大な違約罰を定める趣旨で定められた高額な解約手数料に関する条項
  • 本来の商品に加えて想定外の別の商品の購入を義務付ける抱き合わせ販売の条項

(経済産業省『電子商取引及び情報財取引等に関する準則』令和4年4月/24頁)

ジェイコム株式誤発注訴訟

故意・重過失の場合に、事業者の責任を一部でも免責する条項は無効となる可能性がある。

ジェイコム株式誤発注訴訟

東京地裁H21.12.4判決(判タ1322号149頁)

東京高裁H25.7.24判決(判タ1394号93頁)

東京高裁平成25年7月24日判決(判タ1394-93)
 
  1. みずほ証券が東京証券取引所が開設する証券市場において、ジェイコム株式を「61万円1株」のところを誤って「1円61万株」で売り注文し、その後、売り注文を取り消したが、その効果が生じなかったことについて、東京証券取引所に損害賠償を求めた。
  2. 取引参加者規程15条に「当取引所は,取引参加者が業務上当取引所の市場の施設の利用に関して損害を受けることがあっても,当取引所に故意又は重過失が認められる場合を除き,これを賠償する責めに任じない。」と定められている
東京高裁平成25年7月24日判決(判タ1394-93)
 
  1. みずほ証券が東京証券取引所が開設する証券市場において、ジェイコム株式を「61万円1株」のところを誤って「1円61万株」で売り注文し、その後、売り注文を取り消したが、その効果が生じなかったことについて、東京証券取引所に損害賠償を求めた。
  2. 取引参加者規程15条に「当取引所は,取引参加者が業務上当取引所の市場の施設の利用に関して損害を受けることがあっても,当取引所に故意又は重過失が認められる場合を除き,これを賠償する責めに任じない。」と定められている
  3.  重過失(重大な過失)について,判例(最高裁昭和32年7月9日判決・民集11巻7号1203頁)では「ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」と表現し,「ほとんど故意に近い」とは「通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも,わずかな注意さえすれば,たやすく違法有害な結果を予見することができた」のに「漫然とこれを見過ごした」場合としている。これは,結果の予見が可能であり,かつ,容易であるのに予見しないである行為をし,又はしなかったことが重過失であると理解するものである。これに対して,重過失に当たる「著しい注意欠如の状態」とは著しい注意義務違反,すなわち注意義務違反の程度が顕著である場合と解することも可能である。これは,行為者の負う注意義務の程度と実際に払われた注意との差を問題にするものである。前者のような理解は重過失を故意に近いものと,後者のような理解は重過失を故意と軽過失の中間にあるものと位置づけているようにも解される。
  4.  ところで,今日において過失は主観的要件である故意とは異なり,主観的な心理状態ではなく,客観的な注意義務違反と捉えることが裁判実務上一般的になっている。そして,注意義務違反は,結果の予見可能性及び回避可能性が前提になるところ,著しい注意義務違反(重過失)というためには,結果の予見が可能であり,かつ,容易であること,結果の回避が可能であり,かつ,容易であることが要件となるものと解される。このように重過失を著しい注意義務違反と解する立場は,結果の予見が可能であり,かつ,容易であることを要件とする限りにおいて,判例における重過失の理解とも整合するものと考えられる。そうすると,重過失については,以上のような要件を前提にした著しい注意義務違反と解するのが相当である。

契約条項「損害賠償の範囲」の具体例


契約書では、立場によって望ましい条項が変わるということを何度かお話ししてきました。

各立場で望ましい条項で、なおかつ、上記の法規制をクリアした条項を次のとおりご紹介します。

委託者側(顧客側、サービス利用者側)に有利

委託者側は、損害賠償請求を受ける可能性は低いですので、損害賠償請求できる範囲を目一杯大きくした次のような条項が考えられます。

損害賠償請求の範囲を最大化する条項例〔ひな型①〕
   甲又は乙は、本契約に違反して相手方に損害を与えたときは、相手方に対し、これにより生じた一切の損害(特別損害及び弁護士費用を含むが、これらに限られない。)につき賠償する責任を負う。
こちらの条項例では、予見すべきとはいえない「特別損害」や、債務不履行に基づく損害賠償請求では認められない「弁護士費用」も請求できるようにしています。
ひな型①に違約金も設けた条項例〔ひな型②〕
   甲又は乙は、本契約に違反して相手方に損害を与えた場合には、相手方に対して、違約金として金●円の損害を賠償する責任を負う。ただし、相手方に当該金額を超える損害(特別損害及び弁護士費用を含むが、これらに限られない。)が発生したときは、損害を与えた当事者は、相手方に対して、当該超過額につき賠償する責任を負う。

こちらの条項例では、違約金の額を定めるとともに、実際に生じた損害額が違約金の額を超えるときには、その超過分も請求できるとしています。委託者側に有利な条項です。

受託者側(サービス提供側)に有利

受託者側は、相手方が消費者であるか、事業者であるかによって、使い分けが必要になります。

サービス利用者に「消費者も事業者も想定」される場合(定型約款等)〔ひな型③〕
 
  1. 甲(サービス利用者)は、本契約上の義務に違反して乙(サービス提供者)に対して損害を与えた場合には、乙に対し、直接かつ現実に生じた通常の損害につき賠償する責任を負う。ただし、甲が故意又は重大な過失により本契約に違反したときはこの限りではなく、乙に対し、これにより生じた一切の損害(特別損害、逸失利益、間接損害及び弁護士費用を含むが、これらに限定されない。)につき賠償する責任を負う。
  2. 乙は、乙の帰責事由により甲に対して損害を与えた場合、次の各号に定める範囲でのみその損害を賠償する責任を負う。
    ⑴ 乙の故意又は重過失による場合 当該損害の全額
    ⑵ 乙の軽過失による場合 現実かつ直接に発生した通常の損害(特別損害、逸失利益、間接損害及び弁護士費用を除く。)の範囲内とし、かつ、乙が本契約に基づき甲から受領した司法書士報酬の総額を上限とする。
  3. 前項にかかわらず、甲が法人である場合又は個人が事業として若しくは事業のために乙に本件事件等を依頼した場合には、乙は故意又は重過失のない限り、乙による本件事件等の処理に関連して甲が被った損害について乙は一切の責任を負わない。

こちらの例では

「第1項」で、受託者側から委託者側に対する損害賠償請求額が大きくなるようにしつつ

「第2項」で、委託者側から受託者側に対する損害賠償請求額を抑制し、

「第3項」で、委託者が事業者である(消費者でない)場合には、「第2項」よりもさらに委託者側から受託者側に対する損害賠償請求額を抑制しています。

サービス利用者が「消費者」である場合〔ひな型④〕
 
  1. 甲(サービス利用者)は、本契約上の義務に違反して乙(サービス提供者)に対して損害を与えた場合には、乙に対し、直接かつ現実に生じた通常の損害につき賠償する責任を負う。ただし、甲が故意又は重大な過失により本契約に違反したときはこの限りではなく、乙に対し、これにより生じた一切の損害(特別損害、逸失利益、間接損害及び弁護士費用を含むが、これらに限定されない。)につき賠償する責任を負う。
  2. 乙は、乙の帰責事由により甲に対して損害を与えた場合、次の各号に定める範囲でのみその損害を賠償する責任を負う。
    ⑴ 乙の故意又は重過失による場合 当該損害の全額
    ⑵ 乙の軽過失による場合 現実かつ直接に発生した通常の損害(特別損害、逸失利益、間接損害及び弁護士費用を除く。)の範囲内とし、かつ、乙が本契約に基づき甲から受領した司法書士報酬の総額を上限とする。

こちらの条項例では、一つ上の例から「第3項」を削除しています。

サービス利用者が「事業者」である場合〔ひな型⑤〕
 
  1. 乙が本契約に違反して甲に損害を与えた場合、乙は、故意又は重過失により本契約に違反したときに限り、甲に直接かつ現実に生じた通常の損害を賠償する責任を負う。ただし、甲が乙に対して負う損害賠償の金額は、当該損害が発生した時点において、甲が本契約に基づき乙より受領していた金額の合計額を上限とする。
  2. 乙が、本契約に違反して甲に損害を与えたときは、本契約の締結日から●年以内に限り、甲が被った損害を賠償する責任を負う。

こちらの条項例では、

まず「第1項本文」で①軽過失免責、②直接かつ現実に生じた「通常損害」に限定した(「特別損害」は賠償範囲外とした)うえで、

「第1項ただし書」で損害賠償額の上限を設け、

「第2項」で損害賠償請求できる期間を制限しています。