事業資金の融資を受けるために、株式を金融機関に担保に提供する(質権を設定する)ことがあります。
この場合のリスクとデメリットについてご説明します。
なお、株式質には登録質と略式質がありますが、株券不発行会社の場合には登録質しかあり得ません。そして昨今は株券不発行会社がほとんどですので、登録質に関する説明に留めます。
もくじ | |
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事業用融資の場合、質権設定と同時に流質契約【1】を求められる場合があります。
流質契約を締結すると、債務不履行があれば、質権者たる銀行は担保権の実行を要さず、(残存債務額にかかわらず)簡単に貴社株式を銀行のものにでき、銀行は株式を現金化するため、買収先企業を探すことになります。
僅少な残債務のために、株式を失う可能性があります(流質契約では銀行は清算金を支払う義務は基本的にはありません。ただし、残債務と株式価値との間に極端な差があり、暴利行為と認定される場合には流質契約が無効となる可能性があるのみです。)。
株式譲渡制限との関係については「株式譲渡制限」と「流質契約又は質権の実行」の項目をご参照ください。
なお、銀行が事業会社の株式を保有することは、独禁法により原則禁止されていますが、例外として「担保権の行使又は代物弁済の受領により株式を取得し、又は所有することにより議決権を取得し、又は保有する場合」があり、今回は例外に当てはまります。
独占禁止法第11条 | |
銀行業又は保険業を営む会社は、他の国内の会社の議決権をその総株主の議決権の100分の5(保険業を営む会社にあつては、100分の10。次項において同じ。)を超えて有することとなる場合には、その議決権を取得し、又は保有してはならない。ただし、公正取引委員会規則で定めるところによりあらかじめ公正取引委員会の認可を受けた場合及び次の各号のいずれかに該当する場合は、この限りでない。
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【1】流質契約とは
債務不履行があった場合、質権の目的である株式で代物弁済する契約です。流質契約は民法上、質権者の暴利行為につながるという理由で禁止されています(民法349)が、商行為によって生じた債権を担保するための質権では認められます(商法515)。
債務不履行があった場合、会社の経営権を完全に失います。流質契約を締結しなかったとしても、質権を実行(差押競売)すれば良いので、残念ながら結論は変わりません。
株式譲渡制限との関係については「株式譲渡制限」と「流質契約又は質権の実行」の項目をご参照ください。
「株式質の実行は、民事執行法の担保権実行の手続に従って行うことが原則であるが(民執190条・122条[株券発行会社の株式質の場合],同193条・167条・161条[非株券発行会社の株式質の場合])」 (田中亘/『会社法第3版』/東京大学出版会/2021/123頁) |
株主名簿に質権を設定した旨及び質権者の住所氏名の記載が必要なため(会社法148)、株主名簿を第三者には見せづらくなります。
株券不発行会社の場合、剰余金の配当は「弁済期経過後(債務不履行による期限の利益喪失後)に」「質権者が会社に請求したとき」は、質権者に対して行われます(会社法154Ⅰ、151Ⅰ、定款例)。【2】
もっとも銀行と株主との間の質権設定契約書において、質権の効力を配当金には及ぼさない合意をしていることもある模様です。
【定款記載例】 当会社は、株主総会の決議によって、毎事業年度末日日の最終の株主名簿に記載又は記録ある株主又は登録株式質権者(以下「株主等」という。)に対して剰余金の配当を行う。 |
【2】剰余金の配当に関する詳しい解説は「質権者は直接『剰余金の配当』を受けられるか?」の項目をご参照ください。
単独の株主がその所有する株式に質権を設定していた場合、株式譲渡承認決議なしに譲渡の効果が生じます(最高裁三小法廷平成5年3月30日判決〔平元年(オ)1006号、株主総会決議不存在等確認請求事件)。
(流質契約が実行され、又は質権が実行されたことによって)株主になった方に対して、会社は株式譲渡を承認するか否かを決定し、株主に通知することができます。
ただし、会社が株式譲渡を承認しないときであっても、会社又は指定買取人が株式を買い取ることができなければ、株式譲渡を承認したことになります(会社法145)。
田中亘・著/『会社法 第3版』/東京大学出版会/2021/123頁以下 | |
「株式質も質権である以上,物上代位権が認められる(民350条・304条)。それゆえ,質権の目的である株式の発行会社が剰余金の配当や株式の分割等を行ったときは,当該行為によって質権設定者である株主が受けるべき金銭等(配当金や分割株式など)にも,株式質の効力が及ぶ(151条)。ただし,略式株式質権者が物上代位権を行使するためには,質権設定者への払渡し・引渡しがなされる前に差押えをしなければならない(民350条・304条1項ただし書)。これに対し,登録株式質権者は,会社から直接に,物上代位の目的物である金銭等の交付を受けることができる(152条~154条)。」 | |
高田晴仁・著/奥島孝康ほか編/新基本法コンメンタール会社法Ⅰ/日本評論社/2010/277頁/会社法153条解説 | |
「前の2条(152条・153条)が株式への物上代位を定めているのと異なり、金銭に物上代位する場合には、株式の競売による換価の必要がないため、登録質権者は会社から受領した金銭に対して優先弁済権を有する。/本条1項は、株券発行会社・不発行会社のいずれにおいても、株主が会社法151条各号により金銭を受けることができる場合、登録株式質権者はその金銭を株主に対する他の債権者に優先して受領し、自己の被担保債権の弁済に充当することができる旨を定める。/本条2項は、被担保債権の弁済期が到来する前であっても、会社法151条各号の行為が会社によってなされた時点で第三債務者である会社に対して、自己が受領することができる金銭などに相当する金額を供託することを請求することができ、また、その供託金に質権の効力が及ぶことを定めている。しかし、会社は弁済期の到来の有無といった質権設定の当事者間の事情を知り得ないのが通常であるから、登録株式質権者に金銭の支払を行う可能性もある。その場合には、会社は免責され、登録株式質権者がこれを供託すべきことになる。」 |
以上より、次のような結論をまとめることができます。
被担保債権の弁済期到来『前』 |
質権者は、会社に対して「剰余金を配当するときには供託するよう」求め得るに留まり、自己に支払うよう請求はできない。 |
被担保債権の弁済期到来『後』 |
剰余金の配当がなされる場合、質権者は会社に対して、質権者自身に対して支払うよう請求できる。 |
略式質権者への剰余金については、種々説がありますので、次の論説が詳細ですのでご参照ください。
株券不発行会社の場合、株式質は登録質しかあり得ない(会社にとって質権者の存在は明らかである)ことから、株主又は質権者のうち、会社法の定めに従い適切な方に支払う趣旨であって、株主又は質権者のいずれに支払うのか会社に選択権を与える趣旨ではないと解釈すべきです。
また「実務上株主に支払っている会社もある」かもしれませんが、これは質権者が会社に対して、会社法154条に基づく権利を行使していない(請求していない)だけではなかろうかと思料します。