株主から「株式を売りたい・買ってほしい」と言われた場合でも、貴社や経営者が買う法律上の責任はありません【1】。
しかし、持ち株比率などの関係で、購入しておくべき場合もあります。
経営者個人が購入する場合には、規制はありません。しかし経営者に買取資力がないこともよくあります。そこで、会社自身が(自社株を)購入しようとなるわけです。
しかし、会社が自社株を購入する場合には、いくつかの規制があります。
その一つが、財源規制です。
お金がない会社が、どんどん自社株を買い取っていくと、お金がさらに流出し、会社債権者が不測の損害を負いかねません。また、取得価格によっては株主平等原則に反します。
そこで、会社法では会社が自社株を株主から買い取るときに財源規制を行なっています。
【1】株主に株式買取請求権が発生している場合を除きます。
大きく分けて、二つの場面です(会社法461)。
「買い取り時点」の「分配可能額の範囲内」でしか、会社は自社株を買い取ることはできません(会461Ⅰ)。
分配可能額は、大まかにいえば、剰余金の額と一致します(会446、会社計算規則149)。
剰余金の額 = その他資本剰余金の額 + その他利益剰余金の額 |
資本金は、会社債権者の引き当て財産の目安になるものであるため、配当は許されません。
準備金は、資本金の減少を防ぐクッションの役割があるため、配当は許されません。
よって、会社が株主に配当できるのは、資本金と準備金を除いた金額(=剰余金)に限られます。
詳しく見ていきましょう。
会社法446条、会社計算規則149条を整理すると、次のようになります。
その他資本剰余金の額 + その他利益剰余金の額 = 決算日における剰余金の額 |
会社法446条②~⑦を整理すると、次のようになります。
上記(1) + 決算日以降行ったことを調整した額 = 買取時点の剰余金の額 |
決算日以降行ったこと | 行なうべき調整 | 条文 | |
自己株式を処分した | + |
自己株式処分損益 (=自己株処分対価ー自己株簿価) |
会446② |
資本金の額の減少 | + |
減少した額 (減資すれば買取できる額が増えます) |
会446③ |
準備金の額の減少 | + | 減少した額(〃) | 会446④ |
自己株消却 | ー | 消却した自己株の簿価 | 会446⑤ |
剰余金の配当 | ー | 配当した剰余金の額 | 会446⑥ |
剰余金を資本や準備金へ組入れ | ー | 組み入れた剰余金の額 |
会446⑦ 計規150Ⅰ① |
剰余金の配当 | ー |
剰余金の配当に伴い準備金への計上を 義務付けられる場合の計上相当額 |
会446⑦ 計規150Ⅰ② |
吸収型再編受入行為に際して自己株処分 | ー | 自己株処分損益 |
会446⑦ 計規150Ⅰ③ |
会社分割の分割会社が剰余金減少した | ー | 減少した剰余金額 |
会446⑦ 計規150Ⅰ④ |
吸収型再編受入行為 | + |
増減したその他資本剰余金 + 増減したその他利益剰余金 |
会446⑦ 計規150Ⅰ⑤ |
出資不足額の填補義務の履行を受けた | + | その他資本剰余金の増加額(計規21) |
会446⑦ 計規150Ⅰ⑥ |
会社法461条Ⅱを整理すると、次のようになります。
上記(2) + 決算日以降行ったことを調整した額 = 出してよい買取金額 |
決算日以降行ったこと | 行なうべき調整 | 条文 | |
臨時計算書類を作成して 株主総会又は取締役会で承認された |
+ |
臨時決算日までの利益の額 臨時決算日までの自己株式処分の対価額 |
会461Ⅱ② |
自己株を保有している場合 | ー |
行為時点の自己株式の帳簿価額 |
会461Ⅱ③ |
自己株を処分した場合 | ー | 対価の額 | 会461Ⅱ④ |
臨時計算書類を作成して 株主総会又は取締役会で承認された |
ー | 臨時決算日までの当期純損失額 | 会461Ⅱ⑤ |
ー |
のれん等調整額 =のれん₍資産の部₎×1/2+繰延資産 |
会461Ⅱ⑥ 計規158① |
|
ー | その他有価証券の評価差損額 |
会461Ⅱ⑥ 計規158② |
|
ー | 土地再評価差額金の差損額 |
会461Ⅱ⑥ 計規158③ |
|
連結配当規制を採用した場合 | ー | 連単剰余金差損額 |
会461Ⅱ⑥ 計規158④ |
2回以上臨時決算を行った場合 | ー |
最新以外の臨時決算にかかる分配可能額 |
会461Ⅱ⑥ 計規158⑤ |
ー |
300万円ー(資本金+準備金+新株予約権+評価・換算差額)
計算結果がゼロ未満のときは、ゼロ。 |
会461Ⅱ⑥ 計規158⑥ |
|
臨時決算を経た 吸収型再編受入行為に際して自己株処分 特定募集に際して自己株処分 |
ー | 自己株処分により受け取る対価額 |
会461Ⅱ⑥ 計規158⑦ |
株式の不公正発行等に伴う引受人責任が履行された場合 | ー | 株式会社に対して支払われた額によって増加したその他資本剰余金の額 |
会461Ⅱ⑥ 計規158⑧ |
自己株式取得の対価として₍別種の₎自己株式を交付する場合 | + | 取得した自己株式の帳簿価額 |
会461Ⅱ⑥ 計規158⑨ |
臨時決算を経ない 吸収型再編受入行為に際し自己株処分 特定募集に際して自己株処分 |
+ | 自己株処分により受け取る対価額 |
会461Ⅱ⑥ 計規158⑩ |
財源規制に違反して自社株を買い取った場合、その自己株式の取得は「無効である」とするのが多数説です。
無効となった場合、株主は、受け取ったお金(株式譲渡対価)を会社に返還しないといけません。
また、取締役も下表のとおり責任を負担します。
財源規制に決して引っかからない自社株買取を行う必要があります。
〇=義務を負う。×=義務を負わない。
金銭支払義務【1】 | 欠損填補責任【2】 | 任務懈怠責任【3】 | |
会社に株式を売った株主 | 〇 | × | × |
業務執行取締役 | 〇 | 〇 | 〇 |
職務上関与した者として法務省令で定める者【4】 | 〇 | × | 〇 |
議題提案取締役 | 〇 | × | 〇 |
【1】株式会社に対し、連帯して、当該金銭等の交付を受けた者が交付を受けた金銭等の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負う(会社法462Ⅰ)。
業務執行者及び同項各号に定める者は、その職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明したときは、同項の義務を負わない(会社法462Ⅱ)。
業務執行者及び同項各号に定める者の負う義務は、免除することができない。ただし、前条第一項各号に掲げる行為の時における分配可能額を限度として当該義務を免除することについて総株主の同意がある場合は、この限りでない(会社法462Ⅲ)。
【2】会社が自己株式の取得を行ない、事業年度末の計算書類を定時株主総会で承認した時点で分配可能額がマイナスになった場合(=欠損が生じた場合)自己株式の取得のために交付した金銭等の支払額を限度に欠損額の支払義務を負う(会社法465Ⅰ)。総株主の同意がなければ、免除することができない(会社法465Ⅱ)。
【3】取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う(会社法423)。
【4】会社法施行規則116⑮→会社計算規則159
会社法第461条1項2号に掲げる行為 次に掲げる者
イ 株式の取得による金銭等の交付に関する職務を行った取締役及び執行役
ロ 株主総会において株式の取得に関する事項について説明をした取締役及び執行役
ハ 取締役会において株式の取得に賛成した取締役
ニ 分配可能額の計算に関する報告を監査役又は会計監査人が請求したときは、当該請求に応じて報告をした取締役及び執行役
株主が売りたいと言っているのだから、どうしても今のうちに買っておきたいという場合には、次のような方法を検討します。