会社分割における債権者保護手続(とその省略)


会社分割は、既存の会社を二つに分けようという手続ですから、債権者への影響は大きいものです。そこで会社法は、会社分割をする場合には債権者保護手続をするように定めています。

 

一方で、債権者に悪影響がない一定の場合には、(分割会社の)債権者保護手続を丸ごと省略することが先例で認められています。

もくじ
  1. 債権者保護手続を定めた条文
  2. 異議を述べることができる債権者とは
  3. 債権者保護手続を一切省略できない人的分割
  4. (分割会社の)債権者保護手続の全部省略
  5. 詐害的会社分割における債権者保護
  6. 債権者保護手続の流れ
  7. 人気の関連ページ

債権者保護手続を定めた条文


会社分割は、包括的な事業承継手続ではありませんので「会社分割をすることに対して債権者から個別に同意」を取り付ける必要はありません。この点は個別の承継手続である事業譲渡とは異なります。会社分割手続における債権者保護手続に関する条文は下表のとおりです。

吸収分割の場合  分割会社について 会社法789
承継会社について 会社法799
新設分割の場合 分割会社について 会社法810
新設会社について 不要∵会社がないため

異議を述べることができる債権者とは


異議を述べることができる債権者(=個別催告を行なう必要のある債権者)は、全債権者ではなく下表のとおりです。

分割会社 

会社分割後にも分割会社に対して債務の履行を請求できる債権者【1】

不要

上記以外の債権者【1】 必要
承継会社 全債権者(会社法799Ⅰ②)【2】 必要

【1】具体的には、下記両方に当てはまる場合には、個別催告の対象となります(吸収分割会社について会社法789Ⅰ②、新設分割会社について会社法810Ⅰ②)。

新設分割計画の定めに従い新設会社の債権者とされる債権者 かつ 当該債務について分割会社が重畳的債務引受連帯保証【3】も行なわない場合

(以上、債権者の確認、債権者保護手続につき、家田崇/別冊法学セミナー〔新基本法コンメンタール・会社法3〕/日本評論社/2009)

【2】承継会社は、資産も増える代わりに負債も増えることになります。よって承継会社の全債権者には異議を申立てる機会が必要になります。

【3】連帯保証を行なう場合には、次の問題点が指摘されています。

分割会社が、承継会社に承継させた債務について、その債権者との間で連帯保証契約を締結した場合にも、当該債権者との間では債権者保護手続は不要となる。しかしながら、不法行為債権者や知れていない債権者との間では事実上連帯保証契約を締結することはできないため、不法行為債務等が承継対象に含まれている場合に、連帯保証契約の締結をもって一切の債権者保護手続を省略することは、会杜分割手続の瑕疵となる可能性がある(松井信憲/商業登記ハンドブック(第3版)/商事法務/2015/548p注2)

重畳的債務引受(併存的債務引受)の場合には、連帯保証同様の問題は発生しません。民法470条3項において「併存的債務引受は、債務者と引受人となる者との契約によってもすることができる。この場合において、併存的債務引受は、債権者が引受人となる者に対して承諾をした時に、その効力を生ずる。」とされているからです。

債権者保護手続を一切省略できない「人的分割」


人的分割の場合には、分割会社・承継会社ともに全債権者を債権者保護手続の対象としなければなりません。

「承継会社の株式」が、物的分割の場合には分割会社の財産として残るのに対して、人的分割の場合には分割会社の財産として残らない(剰余金の配当として分割会社の株主の財産になる)からです。まとめると、下表のようになります。

 

旧会社法での名称

現行会社計算規則での名称

分社型分割(物的分割) 分割型分割(人的分割)
意味 分割対価として承継会社株式を分割会社に割当てる。

承継会社は分割会社の子会社となる。

分割対価として承継会社株式を分割会社の株主に割当てる。

承継会社と分割会社は兄弟会社となる。

現行会社法での整理 従来のまま

分割型分割(人的分割)は廃止され「分社型分割+剰余金の配当」と整理された。

債権者保護手続 分割会社
  • 分割後に分割会社に債務の履行を請求できなくなる債権者のみが対象。
  • 全債権者が対象。
承継会社
  • 全債権者が対象。
  • 全債権者が対象。

(分割会社の)債権者保護手続の全部省略


個別催告を省略できる場合についてジックリと考えていくと、債権者保護手続を丸ごと(公告も個別催告も)省略できるのではないかと思い至ります。

そこで調べてみると、20年も前に登記先例が出ていましたので全文を引用します。

平成13年4月19日付法務省民商第1091号(法務省民商第1090号)法務局民事行政部長(除く大阪)、地方法務局長あて民事局商事課長通知(平成13年3月21日付法登126大阪法務局民事行政部長照会、平成13年4月19日付法務省民商第1090号民事局商事課長回答)

 

会社分割において債権者に対する公告及び催告を省略することができる場合について(通知)

標記の件について、別紙1のとおり大阪法務局民事行政部長から照会があり、別紙2のとおり回答したので、この旨貴管下登記官に周知方取り計らい願います。

 

別紙1(照会)

会社分割の手続においては、債権者保護手続として、債権者に対する公告及び催告が必要ですが、分割をする会社に対して分割に際して発行する株式の総数を割り当てる場合(物的分割の場合)には、分割後も分割をする会社に対してその債権の弁済を請求することができる債権者についてはこれを要しないとされています(商法374条ノ4第1項ただし書、同374条ノ20第2項)。

このうち、物的分割の場合であって、分割計画書又は分割契約書中に、分割によって設立する会社又は営業を承継する会社が、分割をする会社から承継する債権債務、雇用契約その他の権利義務に関する事項として、下記一又は二の記載があるときは、公告を含めた一切の債権者保護手続を省略できると考えますが、いささか疑義がありますので、照会します。

一 分割によって設立する会社(又は営業を承継する会社)に承継される債務が一切ないこと。

二 分割によって設立する会社(又は営業を承継する会社)が一定の範囲の債務を承継するが、当該債務のすべてについて、分割をする会社が重畳的(併存的)に債務引受けを行うこと。

 

別紙2(回答)

本年3月21日付け法登第126号をもって照会のあった標記の件については、貴見のとおり取り扱って差し支えないものと考えます。

上記先例の適用範囲

上記先例は、会社分割が旧商法に規定されていた時代に発出されたものであり、旧商法の規定は分かりにくいため誤解が生じている模様です。上記先例が債権者保護手続の完全な省略を認めているのは「分割会社についてのみ」です。

上記先例が発出された当時の旧商法では次のように規定されていました。

※ 条文タイトルは筆者が適当なものを追記しました。また、本来、カタカナ書きの条文を、ひらがな書きに筆者において改めました。 

旧商法第374条の4(新設分割における分割会社の債権者保護手続)
  
  1. 会社は第374条第1項の承認の決議の日より2週間内にその債権者に対し分割に異議あらば一定の期間内に之を述ぶべき旨を官報を以て公告し且知れたる債権者には各別に之を催告することを要す。但し分割に因りて設立する会社が分割を為す会社に対し分割に際して発行する株式の総数の割当を為す場合に於て分割後も分割を為す会社に対しその債権の弁済の請求を為することを得る債権者に付ては此の限に在らず。
  2. 第100条第1項後段第2項第3項及第376条第3項の規定は前項の場合に之を準用す。
旧商法第374条の20(吸収分割における分割会社・承継会社の債権者保護手続)
  
  1. 各会社は第374条の17第1項の承認の決議の日より2週間内にその債権者に対し分割に異議あらば一定の期間内に之を述ぶべき旨を官報を以て公告し且知れたる債権者には各別に之を催告することを要す。但し分割に因りて営業を承継する会社がその公告を官報の外公告を為す方法として定款に定めたる時事に関する事項を掲載する日刊新聞紙に掲げて為すときはその会社に於てはその催告は之を為すことを要せず。
  2. 第100条第1項後段第2項第3項、第374条の4第1項但書及第376条第3項の規定は前項の場合に之を準用す。

〔比較〕現行会社法では次のように吸収分割・新設分割を分けたうえ、分割会社・承継会社について規定しています。

会社法789 吸収分割の分割会社について
会社法799 吸収分割の承継会社について
会社法810 新設分割の分割会社について
規定なし∵会社がないため 新設分割の新設会社について

ところが(先例が発出された時代の)旧商法では、次のように定めていました。

商法374条の4 新設分割における分割会社側の手続
商法374条の20

吸収分割における承継会社と分割会社の手続

商法自体が認めていたのは、分割会社における手続の省略であって、承継会社における省略ではありません。それを理解いただいたうえ、先例をお読みいただければ誤解を解くことができると思います。

法律の規定が分かりにくいため、先例も分かりにくくなってしまったのです。

(登記研究646号158頁以下もご参照ください。)

詐害的会社分割における債権者保護


一番最初に「会社分割後にも分割会社に対して債務の履行を請求できる債権者(下表のオレンジ文字部分)」に対しては個別催告を要しないと申し上げました。

分割会社 

会社分割後にも分割会社に対して債務の履行を請求できる債権者

不要

上記以外の債権者 必要
承継会社 全債権者(会社法799Ⅰ②) 必要

それを良いことに、一部債権者だけを分割会社に残し、プラスの財産の大半を承継会社に移すという会社分割が行われました。そんなことをされては、一部債権者は債権の回収が困難になります。

そこで、会社法は次のような規定を設け、個別催告の対象とならない債権者も保護しています。

①債権者 会社分割に際して、承継会社に承継されない債務の債権者
②要件 

以下のすべての要件を満たす必要がある

  • 吸収分割または新設分割が残存債権者を害すること
  • 分割会社が残存債権者を害することを知っていたこと
  • (吸収分割の場合)会社分割の効力発生時において承継会社が残存債権者を害することを知っていたこと
③請求の効果 残存債権者は、承継した財産の価額(承継した積極財産の総額)を限度として、承継会社等に対して債務の履行を直接請求できる。
④適用範囲 人的分割には適用されない。
⑤行使期間
  • 残存債権者が、残存債権者を害する会杜分割がなされたことを知った時から2年以内に請求またはその予告をしなければならない(時効)
  • 会杜分割の効力発生日から20年で除斥
⑥その他 分割会社について、破産手続等の法的倒産手続が開始した場合、残存債権者は承継会社等に対してかかる請求権を行使することができない。

(上記表は、森・濱田松本法律事務所編/新・会社法実務問題シリーズ〔9組織再編〈第2版〉〕/中央経済社/2015.11/267pより引用)

債権者保護手続の流れ


簡単に債権者保護手続の流れを説明すると、次のとおりです。

以下の手続は、全て司法書士にご依頼いただくことが可能です。

  1. 官報公告に載せる文章の作成
  2. 官報公告の申込み
  3. 個別催告の文章の作成
  4. 個別催告の発送、ご報告

官報掲載申込

貸借対照表の公告を行なっていない場合には、「貸借対照表(の要旨)」と「会社分割を行なうので、異議があれば本日から1か月以内に申し出るよう」と公告します。

特に貸借対照表の公告が済んでいない場合には、「申込み」から「掲載」までに日数を要しますのでご注意ください。

官報掲載

掲載された新聞自体が登記の添付書類になります。

知れたる債権者に対し個別催告

「貸借対照表が公告されている官報のページ数」と「会社分割をする旨」を通知します。

通知相手が突然の通知に驚かないよう「※会社法によってこのような通知を行なうこととなっています。特にご異議がなければ、この書面は放置していただいて支障ございません。」などと記載するのが親切です。


異議が出ず1か月経過したとき

無事に債権者保護手続が完了です。

代表者が「異議を述べた債権者はいなかった」旨の上申書を作成し、登記の添付書類とします。

異議が出たとき

弁済・担保提供・供託などを行ない、それを証明する書類が登記の添付書類となります。


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