スタートアップの資本政策❺投資契約


スタートアップは、投資を受け入れることによって、急拡大をはかります。

その投資を受けるために必要なのが「投資契約書」です。ただ、投資家から提示される投資契約書は、分量が多いだけではなく、内容も難解です。適切な投資契約のもとに資金調達をしなければ、投資契約が事業発展や将来の資金調達の障害になってしまうこともあります。

このコラムが、スタートアップの皆様が投資契約書を理解する一助になれば幸いです。

もくじ
  1. 投資契約の目的と意味
  2. 投資契約の種類
  3. 投資契約書に盛り込まれることが多い条項とその意味、対策
    1. どの契約書にも盛り込まれることが多い条項とその意味・対策
      1. 経営株主等に対する株式買取請求権★
      2. 表明保証条項
    2. 株式引受契約書に盛り込まれることが多い条項とその意味・対策
      1. 株式等の割当
    3. 株主間契約書に盛り込まれることが多い条項とその意味・対策
      1. 優先引受権
      2. 経営株主の義務
      3. 取締役指名権=取締役派遣条項
      4. オブザーバー指名権
      5. 事前承認権=拒否権
      6. 事前協議権
      7. 情報請求権
      8. 優先買取権=先買権=ファースト・リフューザル・ライト★
      9. 共同売却権=譲渡参加権=タグ・アロング=コ・セール・ライト★
      10. 最恵待遇条項
    4. 分配契約書に盛り込まれることが多い条項とその意味・対策
      1. みなし清算条項
      2. 強制売却権=同時売却請求権=売却請求権=ドラッグ・アロング★
  4. 投資受け入れまでの流れ

★ 株式の売却に関連する権利は、この4つです。

投資契約の目的と意味


スタートアップの事業が思うように進まないのは、良くあることです。思うように進まないのが通常といっても過言ではありません。思うように進まなかったときに、投資家とスタートアップが大げんかをしないで済むように、あらかじめ取り決めをしておく。それが「投資契約」です。

  • 投資家側のメリット:投資契約を結ぶことによって、会社法が定める株主の権利以上の権利を与えてもらうことも可能。
  • 発行会社側のメリット:より有利な条件で円滑に資金調達を受けられる可能性がある。

また、投資家とスタートアップは思惑が違いますので、投資契約を結ぶ過程において、意識のすりあわせをすることができるというメリットもあります。

投資契約の種類


投資契約は、下記3つの契約があわさった契約です。
もっとも

  • ①、②、③を別々の契約書にするのがオススメです(創業株主が、外部投資家に与えた権利を親族株主や従業員株主に知られたくない場合には、別々が良いでしょう。)。
  • ②③を1通の契約書にすることもあります。
  • ①~③を1通の契約書とすることもありますが、オススメしません。投資後の事項を、投資家ごとに投資契約において規定していくと、内容が投資家ごとに異なることになる(発行会社が投資家ごとに異なる義務を負う。複雑になり発行会社が契約違反を起こす可能性が高まる)ためです。

大切なのは、契約書の表題(タイトル)だけで何の契約書であるのか判断しない(中身をキッチリと検討する)ことです。

   投資契約書
   ①株式引受契約書 ②株主間契約書 ③分配契約書

主な内容

いくら投資して、その対価の株式は何株か合意する。 株主になった投資家の権利について合意する。【1】 買収されたときの分配について合意する。

今回の投資家 × ×
発行会社
経営株主
全株主 × △(親族株主、従業員株主を除いて締結することもある。) ○(全株主)

盛り込まれる

重要条項

【2】

  • 発行会社の表明保証
  • 発行株式の種類・数
  • 払込期日
  • 払込みの前提条件
  • 優先引受権
  • 経営株主の義務(取締役の専念義務、競業避止義務)
  • 取締役等指名権
  • 事前承認権=拒否権
  • 事前協議権
  • 情報請求権
  • 優先買取権=先買権=ファースト・リフューザル・ライト
  • 共同売却権=譲渡参加権=タグ・アロング=コ・セール・ライト
  • 最恵待遇条項
  • みなし清算条項
  • 強制売却権(Drag Along)
  • 経営株主等に対する株式買取請求権 
  • 経営株主等に対する株式買取請求権
  • 経営株主等に対する株式買取請求権
特長   
  • 投資ラウンドごとに内容を更新するのが一般的。
  • 株主間契約の中でも、創業株主同士で結ぶものを「創業株主間契約」という。【1】
  • 投資ラウンドごとに内容を更新しない。
  • 新規投資家は参加契約を締結する。 

一般的な名称

【3】

  • 投資契約書
  • 株式引受契約書
  • 社債引受契約書
  • 株式譲渡契約書
  • 株主間契約書
  • 財産分配契約書
  • 買収にかかる株主分配等に関する合意書
  • 株主間における合意書

【1】複数名で起業する場合に必要な(スタートアップに限りません。)「創業(者)株主間契約」は特殊ですので、コラム「2人以上の出資で会社を設立するとき必要な『創業(者)株主間契約』」をご参照ください。

【2】それぞれの条項の意味については、次の項目で説明します。

【3】一般的な名称について、経産省「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(2018.3発表、令和4年3月改訂)11頁。

投資契約書に盛り込まれることが多い条項とその意味・対策


次のような項目を入れるよう投資家から要求されることが多いです。

各項目の意味及び経営側の対策は、それぞれ次のとおりです。

次のとおり分けて解説します。

  1. どの契約書にも入る条項
  2. 株式引受契約書に入る条項
  3. 株主間契約書に入る条項
  4. 分配契約書に入る条項

ただし、どの条項をどの契約書に記載しなければならないというルールはありません。通常は株主間契約書に入っている条項が、分配契約書に入っていることもありますので、ご注意ください(契約書は全文をご確認ください。)。

 

<専門家の先生方へ>各条項を要求された場合の発行会社(経営株主)側の対策については、下記に詳しい情報がありますのでご参照ください。

  • 経産省「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(2018.3発表、令和4年3月改訂)
  • 山本飛翔・菅原稔・尾下大介(編著)/スタートアップの法律相談/青林書院/2023/66頁以下

どの契約書にも盛り込まれることが多い条項とその意味・対策


経営株主等に対する株式買取請求権

株式買取請求権とは、投資契約の表明保証事項が事実に反していた場合又は発行会社や経営株主が投資契約の規定に違反した場合において、投資家が発行会社や経営株主【1】に対して、投資家の株式を買い取るよう請求できる権利です。

経営株主としては、次のような対策が必要です。

  • 経営株主個人に対する買取請求については削除してもらうよう求める。
  • 重大な表明保証違反や、重大な契約違反に限定してもらうよう求める。

【1】発行会社に対する株式買取請求はまだしも、経営株主に対する株式買取請求については、返済を約束させるなら融資と同じではないかなどとの批判があります。下記ご参照ください。

  • 経済産業省/我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項/令和4年3月

「創業株主への買取請求権など個人に発行会社との連帯責任を求める慣行は、グローバルな観点からはあまり例が無く、起業や企業経営へのインセティブを阻害すると考えられる。また、融資に関しては『経営者保証に関するガイドライン』(平成25年12月経営者保証に関するガイドラン研究会)で、経営者の個人保証について、『法人と個人が明確に分離されている場合などに、経営者の保証を求めない』ことを示し、融資慣行として浸透・定着しているところである。以上の点に鑑み、買取請求の対象は発行会社に限定し、創業株主等の個人を除いていくことが望ましい(同留意事項32頁)。」

 

ベンチャーキャピタルでも「個人に対する買取請求権」を契約書から除外する動きを見せています。

  • Z venture capital/投資契約のアップデート/「経営株主に対する株式買取請求権」の削除

「従来の契約書では、『支援先又は経営株主において投資契約違反等があった場合、支援先又は経営株主に対し、株式買取請求権を行使できる』としていました。一方で、株式の買取請求権については、公正取引委員会及び経済産業省の『スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針』のなかで、『スタートアップの起業意欲を向上させていく観点等から、投資契約において株式の買取請求権を定める場合であっても、その請求対象から経営株主等の個人を除いていくことが、競争政策上望ましいと考えられる』という旨が記載されています。こうした点を踏まえ、ZVCはより起業家に寄り添うことを目的に、投資契約から『経営株主に対する株式買取請求権』を削除いたします。(Z venture capital/投資契約のアップデート/https://zvc.vc/content/3ghy_e_nw/最終アクセス240521)」

表明保証条項

表明保証条項とは、ある事項を表明して、その内容に虚偽がないことを保証する条項のことです。

通常は、契約締結時と払込時の両方の時点における発行会社と経営株主の状態に異常がないことを表明し、保証します。

表明保証違反があった場合には、投資家が経営株主に対して、株式の買い取りを請求することができるように定められます。

そのため経営株主としては、次のような対策が必要です。

  1. 内容が抽象的過ぎる場合には、具体化や削除を求める。
  2. 保証できるかを調査するために多大な費用を要する場合には、その旨を説明したうえ、保証範囲の限定や削除を求める。
  3. 保証できない場合には、保証対象外(例外)とする旨の明示や削除を求める。

株式引受契約書に盛り込まれることが多い条項とその意味・対策


株式等の割当

出資者からの出資を受け入れる場合に、会社が出資者に割り当てる株式の種類や数、価格、払込期日等を定める契約書です。 その他、出資資金に関する使途についての制限や、出資後の出資者の経営への関与に関する事項、契約違反時の処理などの項目を盛り込むことが多いです。

株主間契約書に盛り込まれることが多い条項とその意味・対策


優先引受権

優先引受契約書とは、発行会社が募集株式等の発行を行う場合には、元々の投資家が優先的に引き受けることができる権利です。投資家は、一定程度の持株比率を維持しようと考えるのが通常だからです。

経営株主としては次の点に注意が必要です。

  1. 従業員に対するストックオプションの付与が対象とならない工夫が必要です。
  2. 投資家が優先引受権を行使するか否かを決定できる期限を設けることも重要です。

経営株主の義務

経営株主の専念義務、経営株主の取締役辞任禁止、上場等の努力義務、競業避止義務などが定められることが多いです。

取締役指名権=取締役派遣条項

投資家が取締役を指名し、会社に送り込める権利です。

取締役の決定は、取締役の過半数の人数の賛成で成立します。経営側が過半数を握っていないと思うように経営ができなくなってしまいます。

そのため経営株主としては、次のような対策が必要です。

  1. 過半数を維持できる経営株主側の人間を取締役にしておく。
  2. (取締役の過半数を確保できないときは無理に取締役にせず)「取締役指名権を行使できるのは、会社が取締役設置会社になった後とする」等の文言の追加すべく交渉する。
  3. 同じラウンドで複数の投資家から投資を受け入れる場合には(全投資家に取締役指名権を付与しないように)「A種優先株主の中で最多株式数を保有する投資家」にのみ取締役指名権を与えるよう交渉する。

オブザーバー指名権

オブザーバーとは、議決権はないものの取締役会に参加することができる人のことです。

基本的に全投資家にオブザーバー指名権が与えられますので、経営株主としては、次のような対策が必要です。

  1. 投資家が多すぎる場合には、取締役会の日程調整に難儀しますので、工夫が必要です。
  2. 取締役会非設置会社の場合には、会議が開かれませんので、月1程度の報告会を開催するようにします。

事前承認権=拒否権

事前承認権とは、発行会社が「投資契約書に定められた事項」を行う際には、事前に投資家が承認しなければならないという権利です。

発行会社は、重要事項を決定するためには株主総会を開催する必要があります。ところが、多額の投資をした投資家であってもその持株数(持株比率)は小さく、株主総会決議の成立を防止することができません。そこで、投資家は事前承認権を求めてくるのです。

事前承認権は大変強力ですので、経営株主としては、次のような対策が必要です。

  • 複数投資家がいる場合に、一人の投資家のみが事前承認しないときに事業がストップしてしまわないよう契約書文言の工夫

事前協議権

事前協議権とは、発行会社が「投資契約書に定められた事項」を行う際には、投資家に対して事前に通知をしたうえで誠実な協議を求めることができる権利です。

経営株主としては、次のような対策が必要です。

  • 事前承認権ほど強い権利ではないものの、事前通知と協議を忘れないように

情報請求権

情報請求権とは、投資家が発行会社に対して財務、会計帳簿、議事録等の開示を請求できる権利のことです。

優先買取権=先買権=First Refusal Right

先買権とは、経営株主や投資家が発行会社の株式を売却しようとした場合に、他の投資家や経営株主が「同条件で自分に売れ」と請求できる権利です。

次のパターンがあります。

  1. 投資家が、経営株主に対して先買権を有する。
  2. 経営株主が、投資家に対して先買権を有する。
  3. 投資家、経営株主が、相互に先買権を有する。

経営株主としては、次のような対策が必要です。

  • ライバル企業に株式を譲渡されないよう(株式譲渡制限を設定していてもスタートアップの投資契約では株式を自由譲渡可能としているものが多いです。)経営株主も、投資家に対して先買権を有するように契約書を工夫する。

共同売却権=譲渡参加権=Tag Along=Co-Sale Right

共同売却権とは、経営株主や投資家が発行会社の株式を売却しようとした場合に、他の投資家や経営株主が「自分の株式も同条件で売れ」と請求できる権利です。

最恵待遇条項

最恵待遇条項とは、投資家が締結した契約条件よりもさらに有利な契約条件を後続の投資家が発行会社と合意した際は、先の投資家に対し、当該有利な条件が与えられるものとする定めをいいます。

最恵待遇条項を強く主張する既存投資家がいると、資金調達に支障を及ぼすことがあります。

そこで、経営株主としては、次のような対策が必要です。

  • 投資家から最恵待遇条項を提示された場合には、(余程大口の資金調達でない限り)削除要求を検討します。

分配契約書に盛り込まれることが多い条項とその意味・対策


みなし清算条項

みなし清算条項とは、発行会社が買収(M&A)される際に、買収対価を発行会社の残余財産とみなして、経営株主と投資家間で分配することです。

投資契約書では通常「投資家は、会社が解散したときには、残余財産の優先分配を受けることができる」と定められ、優先株式の内容として定款に規定され登記もされます。

ところが、これはあくまで会社が解散した場合の取扱いですので、M&Aの場合にも同様の分配をするために入れます。全株主の同意が必要な事項ですので、みなし清算条項は全株主を当事者とする分配合意書に定める必要があります。

経営株主としては次の点に注意が必要です。

  • 株主が増える際には、新株主にも分配合意書への同意を取り付ける必要があります。

強制売却権=同時売却請求権=売却請求権=Drag Along

強制売却権とは、投資家が株式を売却する際に、他の株主に対しても、投資家自身と同条件で株式売却を強制できる権利のことです。

会社の買収(M&A)を行う場合、買い手は、全株式の取得を希望するのが通常です。したがって、経営株主や一部投資家だけがM&Aに同意せず、その持株の売却に応じないと投資家は株式を売却することができません。そこで、投資家から強制売却権を要求されることがあります。

経営株主としては次の点に注意が必要です。

  • 強制売却権は、経営株主の意向にかかわらず、会社を売らされる権利ですので、特に慎重な対応が必要です。
  • 強制売却権発動の条件として①経営株主の承諾、②取締役会の承諾、③投資からの一定期限経過、④買収価格が一定額以上などを設けることもあります。

投資受け入れまでの流れ


秘密保持契約書(NDA)の締結

タームシートの締結

次のデューデリジェンスで弱点が発見されても不利にならないよう、次のような事項を記載したタームシートという文書を取り交わします。

  • 投資額
  • 投資額に対して割り当てる株式等の割合
  • 投資契約の概要

デューデリジェンス(DD)の実施

発行会社が表明保証することにより、DDの全部又は一部が省略されることもあります。

投資家は、DD省略のリスクを負うかわりに、投資経費と時間を節約できます。

発行会社は、DD対応の手間がなくなり、短期間で投資を受けられる可能性があります。

投資契約の締結

エンジェル投資家は投資契約の締結を求めないこともあります。

投資の受け入れ

登記申請

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