2人以上で創業する場合、株式を50:50で保有すると、意見が対立したときには、会社経営に大変な支障が生じます(「ロックダウン」といいます。)。ロックダウンを避けるためには、持株比率には差異を設ける必要があります。
ところが、持株比率が低い株主が、取締役に選任されなかったり、取締役を簡単に解任(クビ)にされるようでは、踏んだり蹴ったりです。そんなときには、累積投票の採用をご検討ください。
なお、市販されている定款では、累積投票を排除しているものが多いので、ご注意ください。
もくじ | |
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累積投票は、株主総会において「取締役を選任する議案」に対する投票方法の一つです。
累積投票を採用した場合、各株主は「保有議決権数×選任される取締役の数」で計算される数の議決権を有します。
たとえば、議題が「取締役3名選任の件」である場合において、100株保有株主は、100×3=300個の議決権を有します。100株株主は、この300個の議決権を①1人の候補者に集中して投票しても良いですし、②2人以上の候補者に分散して(たとえば候補者Aに200個、候補者Bに100個)投票しても良いのです(会342Ⅲ)。そして、議題で示された定員(この例では3人)が一杯になるまで、得票数の多い者から順に取締役に選任されます(会342Ⅳ)。
中小企業においては、ほとんどの企業が累積投票を排除していますので、累積投票を排除した(不採用とした)方法が原則的な選任方法です。
累積投票を排除した場合の決議方法は次の二種類です。
①②いずれの方法であっても、過半数を有する株主の意向だけで議案が通ることがお分かりになると思います。
累積投票を採用した場合と、排除した場合とでは、選任される取締役は異なることになるのか、具体的に見てみましょう。
<例>次のような会社を例に考えてみましょう。 発行済株式総数 100株 株主Aさん 持株数51株(取締役に甲乙丙を推したい。) 株主Bさん 持株数25株(取締役に丁さんを推したい。) 株主Cさん 持株数24株(取締役に戊さんを推したい。) 定款に「取締役を選任する株主総会の決議は、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数をもって行う。」との定めがある。 |
ただし、株主ABCは、自分の推薦する候補者をできるだけ多く当選させるべく、一番賢く議決権を行使するものとします。
累積投票【採用】 | 累積投票【排除】 | ||
選任する取締役の数 | 5 | 全員(甲乙丙丁戊)当選 | 全員(甲乙丙丁戊)当選 |
4 |
甲乙丁戊が当選(Aの推す丙が落選) |
甲乙丙は当選。 丁戊いずれが当選するかもAの意向次第。 |
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3 |
甲乙丁が当選(A推す丙、C推す戊は落選) |
甲乙丙が当選。 丁戊は落選。 |
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2 |
甲乙が当選(B推す丁、C推す戊は落選) |
甲乙が当選(Aは丙を推薦せず)。 丁戊は落選。 |
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1 |
▼ 甲が当選。丁戊は落選。【1】 |
▼ 甲が当選。丁戊は落選。【1】 |
累積投票【採用】 | 累積投票【排除】 | |
結論 |
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【1】選任する取締役の数が1名のみである場合には、累積投票を採用しても無意味です。
したがって、会社法も「株主総会の目的である事項が二人以上の取締役の選任である場合」のみ累積投票を採用できるとしています(会342Ⅰ)。
監査役を選任する場合には、累積投票を採用できません(会社法第342条が監査役について規定していないため。また、準用もしていない。)。
会計参与、執行役、会計監査人も同様に累積投票は採用できません。
協業組合 |
理事の選任について、累積投票を採用できる(中小企業団体の組織に関する法律5条の23Ⅲ→会342(第6項を除く)) 累積投票で選任された理事の解任は特別決議(中小企業団体の組織に関する法律5条の19Ⅰ⑧) |
会社法第342条(累積投票による取締役の選任) | |
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この他に会社法第89条が(累積投票による設立時取締役の選任)を定めていますが、ほとんど実例のない募集設立に関する条文ですので、省略します。
【1】累積投票で選任された取締役を解任する場合の決議は、普通決議(前条=会341条)ではないと定めています。累積投票で選任された取締役を解任する場合の決議は、特別決議になります(会309Ⅱ⑦)。
次の会社法施行規則では、累積投票について、さらに詳しく定めています。
会社法施行規則第97条(累積投票による取締役の選任) | |
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こちらで紹介する記載例は、いずれも「田村洋三(監修)/土井万二・内藤卓・尾方宏行(編集代表)/第4番 会社法定款事例集/日本加除/2021/174頁以下」で紹介されているものです。
会社法第342条は原則として累積投票を認めているので、累積投票を採用する場合には、定款には特に何も記載する必要はありません。
下の例は、(会社法の原則どおり累積投票を採用している会社が)累積投票で選任された取締役を解任するときには、特別決議が必要ですよということを注意的に記載したものです。
第○条(取締役の選任及び解任) | |
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一方、累積投票を排除する場合には、その旨を定款に記載する必要があります。
第○条(取締役の選任及び解任) | |
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第○条(取締役の選任及び解任) | |
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議案の種類 | 決議種類 |
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株主総会 (特別決議) |
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株主総会 (特則普通決議) |
累積投票で選任された取締役を解任する場合には「特別決議」
累積投票以外で選任された取締役を解任する場合には「特則普通決議」
「特別」と「特則普通」なら、「特別」の方が重要な決議ぽく見えますよね。
「特別決議」と「特則普通決議」は、どうなっているのか、もう少し見てみましょう。
決議種類 | 定足数(出席率) | 決議要件 | ||
株主総会 (特別決議) 会309Ⅱ |
原則 | 議決権行使可能株主の議決権の過半数を有する株主出席 | 原則 | 出席株主の議決権の2/3以上 |
例外 | 定款で「議決権行使可能株主の議決権の1/3以上を有する株主の出席」と緩和可能 | 例外 | 定款で加重のみ可【1】 | |
株主総会 (特則普通決議) 会341 |
原則 | 議決権行使可能株主の議決権の過半数を有する株主出席 | 原則 | 出席株主の議決権の過半数 |
例外 | 定款で「議決権行使可能株主の議決権の1/3以上を有する株主の出席」と緩和可能 | 例外 | 定款で加重のみ可【1】 |
【1】決議要件(過半数)を緩和すると、相反する二つの議案が成立してしまいかねないため。
やはり「特別決議」の方が、「特則普通決議」よりも決議要件が厳しいことが分かります。
つまり、「累積投票で選任された取締役」は、「累積投票以外で選任された取締役」よりも解任されにくいということがお分かりいただけると思います。
普通決議で解任できるとすると、せっかく累積投票で取締役を選任しても多数株主が簡単に解任できてしまって、累積投票をした意味がなくなるからです。
まとめると次のとおりです。
累積投票を採用すべきか否かの参考にしてください。
累積投票【採用】 | 累積投票【排除】 |
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貴社定款に「取締役の選任決議については累積投票によらないものとする。」との規定がないか、ご確認ください。定款に当該規定があると、累積投票はできませんので、定款変更が必要です。
取締役が複数いる場合には、代表取締役の一存で株主総会を招集したり、議案を提出することはできません。取締役の意見をまとめるため、所定の方法で取締役(会)を招集します。
累積投票を採用するために定款を変更する旨、株主総会の招集日時場所などを議決します。
定款変更は、株主総会の特別決議で行います。
株主総会招集のための取締役会議事録を作成して保管します。
株主総会議事録を作成して保管します。
定款で累積投票を排除していない会社が、実際に累積投票による取締役の選任を行う場合には、次の流れになります。
取締役が複数いる場合には、代表取締役の一存で株主総会を招集したり、議案を提出することはできません。取締役の意見をまとめるため、所定の方法で取締役(会)を招集します。
株主総会で承認して欲しい議題・議案を定めます。
累積投票を定款で排除していない会社が、株主総会で「取締役の選任」を行うときには、選任すべき取締役の人数を定めなければなりません。そうしないと、招集通知を受け取った株主が累積投票を請求するか否かが判断できないばかりか、株主総会を開催しても累積投票による当選者数が決まらないためです。
その他株主総会の招集日時場所などを議決します。
招集通知にも「選任すべき取締役の人数」を記載する必要があります。そうしないと、招集通知を受け取った株主が累積投票を請求するか否かが判断できないためです。
この点について重要な判例があります【1】。
会社から株主総会招集通知を受け取った株主は、株主総会の議題に「取締役選任の件」が含まれている場合において、「累積投票」を求めたいときには、株主総会の5日前までに、会社に対してその旨を通知します。
累積投票を請求できる株主には、株主であること以外の制限はありません(持株比率要件、継続保有要件ともにありません。コラム「単独株主権・少数株主権まとめ一覧」も参照ください。)。1株しか持っていない株主であっても、株式を持ったばかりの株主でも累積投票を請求することができます。
1回目の投票結果 (得票数) |
判定 | 2回目の投票 | |
<具体例> 選任すべき取締役3名 候補4名(甲乙丙丁戊) |
甲200票 乙150票 丙100票(丁と同数) 丁100票(丙と同数) |
甲乙のみ当選 (規則97Ⅲ) |
累積投票によらないで 丙丁から1名を選任する議決 (規則97Ⅳ) |
甲200票 乙100票(丙丁と同数) 丙100票(乙丁と同数) 丁100票(乙丙と同数) |
甲のみ当選 (規則97Ⅲ) |
累積投票によらないで 乙丙丁から2名を選任する議決 (規則97Ⅳ) |
累積投票を行った場合には、株主総会議事録の記載に注意が必要であります。
第○号議案 取締役2名選任の件 | |
議長は、取締役○○○○及び○○○○より辞任の申出があったので、その後任者として取締役2名を選任する必要があり本臨時総会を招集したところ、その選任方法について株主○○○○氏(及び○○○○氏)から、当社所定の定款に累積投票によるべき旨の規定がないため会日の5日前に書面をもって累積投票によるべき旨の請求があったので、会社法第342条の規定により累積投票の方法によることとなった旨を述べ、この方法により投票を行った結果、下記の者がそれぞれ当選し、満場拍手のうちに就任の挨拶があった。 (当選)○票○○○○ (当選)○票○○○○ 次点 ○票○○○○ ○票○○○○ |
上記議事録案は、登記研究編集室『商業登記書式精義[全訂第六版]』(テイハン、2019年)1784頁を抜粋。
【1】重要な判例があります。
最判平成10年11月26日(平10(オ)919号、株主総会決議取消請求事件)金商1066号18頁 | |
要旨 (上記要旨は、有料判例検索ソフト「WestlawJapan」による。) |
司法書士による顧問契約を締結いただいている場合、割引きがございます。
業務の種類 |
司法書士の報酬【1】 |
実費 |
招集通知原案作成 招集通知発送代行 発送報告書 |
33,000円(税込)/議案 +株主数×1,100円(税込) |
株主数×特定記録郵便費用 |
株主総会シナリオ作成 | 55,000円(税込)~ | |
株主総会想定問答集作成 | 55,000円(税込)~ | |
株主総会予行演習 | 55,000円(税込)~ | |
株主総会受付事務 | 11,000円(税込)~ | |
株主総会立会い(総会事務局担当) | 110,000円(税込)~ | |
株主総会議事録作成 | 11,000円(税込)~ | 【2】 |
取締役会議事録作成 | 11,000円(税込)~ | |
登記申請 | コチラをご覧ください。 | |
日当【3】 | 11,000円(税込)~ |
【1】司法書士報酬は、議案の種類・数、株主の数により加算いたします。
【2】株主から提訴を受ける可能性が高い場合や、録音反訳を要するような長時間にわたる株主総会の場合には、反訳会社に反訳文を外注しますので、実費をご負担ください。
【3】上記業務を事務所外で行なう場合で、移動時間が片道1時間を超える場合
株主総会の運営
取締役会の運営
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