取引相手から「自分で登記する」と言われた不動産売買の当事者の方へ


ブログやSNSを通じて「自分で登記できた」「登記は簡単」などと吹聴する方がいます。確かに「抵当権抹消」など比較的容易でリスクも低い登記もあります。しかし、不動産売買に伴う登記は、簡単そうに見えて難しい論点を多数含み、かつ高いリスクがあります。

 

このコラムでは「自分で登記する」と買主又は売主に言われたときに、相手方である皆様がどう対応すべきか説明します。

司法書士が関与する不動産取引


司法書士が関与する(通常の)不動産取引の流れは、次のとおりです。

  1. 不動産会社が売買契約書を作成し、司法書士に提出します。司法書士は、登記費用の見積書を提出します。
  2. 売買契約書を受け取った司法書士は、売買契約書を精査し、問題点を発見したときには不動産会社に連絡し、是正を促します。
  3. 不動産取引の前提条件が整う【1】と不動産会社は取引日を調整し、関係当事者に連絡します。
  4. 取引日決定の連絡を受けた司法書士は、不動産取引書類(登記申請書ほか委任状など)を作成すると同時に、関係機関に様々な書類を揃えさせるべく連絡確認を行ないます(ローンの抹消があるときには抵当権抹消書類が揃っているか、融資があるときには抵当権設定書類が揃っているかなど)。
  5. 取引日前日、司法書士は再度全ての書類をチェック【2】し、不測の事態が発生しても対応できるように準備します。
  6. 不動産取引当日、売主・買主・不動産会社と司法書士が一箇所に集合し、書類のやり取りを行ないます。司法書士は売主・買主双方から書類の提出を受け、100%買主名義に登記できると確信したとき、買主に売買代金の支払いを促します【3】。万一、書類に不審な点があったり、売主が本人でなかったり、売主が売買の意味を理解されていないと判断した場合、司法書士は不動産取引を中止します【4】。
  7. 不動産取引完了後、司法書士は、一目散に法務局に向かい登記申請を行ないます【5】。

【1】測量・分筆登記、売主様の引越準備、買主様の融資の承認など。

【2】チェック項目は、当事務所で軽く200以上あります。

【3】これを「不動産取引立会」といいます。不動産取引立会ができるのは、司法書士と弁護士に限られています。

【4】司法書士が中止する必要もない取引を中止した場合、当事者から損害賠償請求を受けるリスクや懲戒請求を受けるリスクもあります。それでも必要なときには中止するのが司法書士の職責です。

【5】法務局に一目散に向かうのは、登記は先に受け付けられた方が優先するというルールがあるからです(民法177)。売主様が、第三者にも譲渡(二重譲渡)したり、売主様が差押を受けると、買主様は所有権移転登記を受けられなくなるからです。

買主から自分で登記すると言われた『売主様』


リスク

不動産取引では、売主が買主に対して必要書類を交付し、それを司法書士がチェックして登記を行ないます。売主が、司法書士資格のない素人に対して、権利証(登記識別情報)や印鑑証明書を渡すと、次のようなリスクを背負うことになります。

  • まず、購入した不動産の登記を自分でやるという方は、ほとんど居ません。おそらく99%以上の方が司法書士に依頼していると思います。買主は少し変わった方なのでしょう。変わった方なので、売った後になって色々ややこしいことを言われるかもしれません。
  • 登記に必要のない書類(個人情報)を買主に渡してしまうリスク。
  • 書類が足りないので、不動産取引完了後に追加で書類を欲しいと言われるリスク。
  • 登記が完了せず、固定資産税・都市計画税があなたに請求されるリスク。
  • あなたが売った買主とは異なる第三者名義で登記されるリスク。
  • 他の物件も記載されている権利証の場合、その物件も買主名義に登記されてしまうリスク。
  • 印鑑証明書を他の用途で使われてしまうリスク。
  • 本当に登記名義が買主に変わったか、何時までも心配事を引きずるリスク。

令和3年2月25日現在、法務省ひな形【1】には買主が売主様の代理をする形式が掲載されています。このような形式は不動産登記法上、理論上は可能ですが、売主様のリスクを考えると到底オススメできません。買主が「法務省のひな形だから大丈夫ですよ」と言って持ってきても、決して売主様が買主を代理人にしないようにお願いします。

なお、近くこのひな形の撤去又は変更を求め、法務省に書簡を送付予定です。

【1】http://houmukyoku.moj.go.jp/homu/content/001207212.pdf

対応策

不動産を処分する必要性も売主様によって異なるでしょう。次のような対応策を提案します。

まずは・・・
  • 仲介会社にクレームを言う。
無理に売らなくても良い場合
  • 「司法書士を入れないなら、あなたには売らない」と言い切る。
どうしても売りたい場合
  • 買主の負担すべき司法書士費用も、売主様が一部負担するつもりで、ご自身は司法書士を雇う【1】。

上記が全てダメなら最低限・・・

  • 買主が作成した書類には一切捨印を押さない【2】。
  • 買主に同行して法務局に行き、受付印が押印されるまでその場を離れない。
  • 権利証(登記識別情報)は、決して買主に渡さず、ご自身で法務局の受付窓口に提出する。
  • 登記完了後に登記簿謄本を取得し、買主名義に変更されたかチェックする。
  • 登記完了後に登記簿謄本を取得し、権利証に記載された他の不動産まで買主名義になっていないかチェックする。

【1】一般的な司法書士は、嫌がります。売主様に雇われた司法書士であっても、売主様のためにキッチリと買主に名義を引き取らせる責任を負う結果、買主本人が作成した書類のチェックをすることになるからです。つまり、本来は買主に雇われて行なうべき仕事だからです。

【2】売主様が売っていない第三者名義(買主以外の名義)で登記されることを避けるためです。書類に捨印を押印すると買主名を変更する権限を買主に与えたことになります。そして大幅な変更であった場合でも、形式的な審査権しか持たない法務局は登記を実行してしまうおそれがあります。

売主から自分で登記すると言われた『買主様』


不動産取引では、売渡証書などを作成する司法書士報酬をも買主が負担する(関東方式)と、売主が負担する(関西方式)があります。

以下は、主に売主が負担する関西方式についての記述ですが、関東であっても、売主から「司法書士に報酬払うのなんて勿体ない。登記なんて簡単だから私がやってあげますよ」などと言われた買主様はお読みいただく必要があります。

リスク

不動産は「その物件」しかありませんので、無茶な売主に付き合う必要がある場合もあると思います。

不動産取引では、売主側が必要な前提登記(登記簿上の住所と印鑑証明書の住所が一致していないときの住所変更登記、抵当権がついているときの抵当権抹消登記)を申請し、ついで売主と買主が共同して所有権移転登記を申請することとなっています。そして、前提登記がキッチリとできないと所有権移転登記もできないことになります。

売主が司法書士を雇っていない場合には、買主様は次のようなリスクを背負うことになります。

  • 売買代金を支払ったのに、あなたの名義にならないリスク
  • まず売却のための不動産登記を自分でやるという方は、ほとんど居ません。おそらく99%以上の方が司法書士に依頼していると思います。売主は少し変わった方なのでしょう。変わった方なので、買った後になってから色々ややこしいことを言われることがあるかもしれません。
  • 書類が足りないので、不動産取引完了後に追加で書類を欲しいと言われるリスク。
  • 本当に登記名義が買主に変わったか、何時までも心配事を引きずるリスク。

対応策

まずは・・・
  • 仲介会社にクレームを言う。
無理に買わなくても良い場合
  • 「司法書士を入れないなら、あなたからは買わない」と言い切る。
どうしても買いたい場合
  • 売主の住所変更登記、担保抹消登記が完了した段階で不動産取引を行なう【1】。
  • 売主の負担すべき司法書士費用も、買主が負担するつもりで、ご自身は絶対に司法書士を雇う【2】。

【1】売主による住所変更登記、抹消登記は不動産取引日の相当前に申請させなければなりません。不動産取引日にこれらの登記が完了していない場合には、登記簿が閲覧できない状態となっており、不動産取引をすることができません。登記簿が閲覧できないとは何等かの登記が処理されている途中であることを示しており、何の登記が入っているかは登記完了まで分からないからです。

また、売主が売買代金でローンを完済する場合には、事前に抵当権抹消をすることはできません。

【2】買主は、絶対に、売主に登記を依頼してはいけません。売買代金を受け取った売主が登記をせずに、行方不明になった場合、買主名義に登記しようとすると民事訴訟しかありません。しかも第三者に移転登記されてしまうと敗訴します。

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