配偶者と兄弟姉妹が相続人になるとき「配偶者の遺留分」は1/2か3/8か?どちらなのでしょうか?
正解を知っている方には、どうでも良いように見えるこの問題。実は難しいと思うのです。
なお、兄弟姉妹には遺留分はありません。なぜなら、遺留分に関する改正民法1042条1項がその冒頭で「兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として」と規定しているからです。
もくじ | |
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民法第1042条1項は次のように整理されます。
これを「総体的遺留分」といい、遺留分権利者全員に合計で与えられた遺留分の割合です。
配偶者 | 直系卑属 | 直系尊属 | 兄弟姉妹 | |
単独相続のとき | 1/2 | 1/2 | 1/3 | なし |
配偶者とともに相続したとき | ー | 1/2 | 1/2 |
配偶者のみ 1/2 |
各遺留分権利者個々人の遺留分は、改正民法1042条1項で算出した総体的遺留分に法定相続分を乗じて(かけ算して)算出します。これを「個別的遺留分」といいます。
ここで、配偶者と兄弟姉妹が共同相続人になる(すなわち、被相続人と配偶者との間に子がなく、かつ、被相続人の尊属も生存していない場合)場合において、「総体的遺留分」に配偶者の法定相続分をかけ算するのか、かけ算しないのか?!これによって、妻の遺留分は変わってきます。すなわち・・・
●かけ算した場合には、
妻の遺留分=1/2(総体的遺留分)×3/4(妻と兄弟姉妹が法定相続人となる場合の妻の法定相続分)=3/8となります。
●かけ算しない場合には、
妻の遺留分=1/2(総体的遺留分)=1/2となります。
どちらなのでしょうか?分からないときには、条文を見るのが一番の近道です。
条文をそのまま引用します。なお、改正民法の施行は令和元年7月1日です。
改正民法第1042条(遺留分の帰属及びその割合) | |
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民法1042条が引用する民法900条は次のとおりです。民法901条(代襲相続人の相続分)は本稿ではあまり関係がないので、省略します。
改正民法第900条(法定相続分) | |
同順位の相続人が数人あるときは、その相続分は、次の各号の定めるところによる。
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次に、改正前民法を引用します。
改正前民法第1028条(遺留分権利者とその遺留分の割合) | |
兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、左の額を受ける。
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改正前民法には、第2項「相続人が数人ある場合には、各自の法定相続分を乗じた割合とする」がありませんでした。
改正民法1042条2項が「相続人が数人ある場合には、前項各号に定める割合は、これらに第900条及び第901条の規定により算定したその各自の相続分を乗じた割合とする。」と定めている以上、妻と兄弟姉妹という相続人が数人いるのですから「総体的相続分1/2に妻の法定相続分3/4を乗じる(かけ算する)べき」と考えるのが普通だと思います。
仮に「総体的相続分1/2に妻の法定相続分3/4を乗じない(かけ算する)べきでない」とするならば、1042条2項の規定も「遺留分を有する相続人が数人ある場合には」と規定されている筈です。
ところが、どうやらこの考え方は間違っているようなのです。
改正前民法には、1042条2項に相当する条文はありませんでした。では、学者等の本では、どのように説明されているのでしょうか?
中川善之助・加藤永一・編集/新版注釈民法(28)相続⑶遺言・遺留分--960条~1044条補訂版【復刊版】/有斐閣/2010/453-454頁 | |
III遺留分の割合 (1)総体的遺留分の割合 遺留分は,直系尊属のみが相続人である場合には,相続財産(被相続人の財産)の3分の1であり,その他の場合には,相続財産の2分の1である。 (中略) (2)個別的遺留分の場合 遺留分の割合額の計算については,単純な算数的方法で決定されるので,それ自体,法律的にあまり問題とならない。一般的にいえば,遺留分権利者が数人ある場合には,各遺留分権利者に,総体的遺留分が,相続分の原則に従って配分される(1044による887IIIII・900・901の準用)。おのおのの場合に分けて計算してみよう。 (中略) (エ)配偶者と兄弟姉妹(その代襲者)とが相続人である場合 遺留分については,兄弟姉妹(その代襲者)は除外されているから,この場合,配偶者のみが2分の1の遺留分を有することになる(結果的につぎの(オ)の場合と同様)。 (オ)配偶者のみが相続人である場合 この場合には,配偶者は2分の1の遺留分を有する。 |
岡口基一著/要件事実マニュアル第5版第5巻家事事件・人事訴訟/ぎょうせい/2017/669頁 | |
各相続人の遺留分は、総体的遺留分(遺留分権利者全員の遺留分の総体)といい、遺留分権利者が複数である場合、これを法定相続分で按分する。 |
潮見佳男著/島津一朗・松川正毅・編/別冊法学セミナーNo174・基本法コンメンタール[第4版]相続/日本評論社/2002/218頁 | |
遺留分権利者が複数存在するときには、この個別的遺留分は、総体的遺留分(①の場合には相続財産の3分の1、②の場合には2分の1)を基礎として、法定相続分の算定式に従い算出される。 |
我妻 榮 著 良永 和隆 著 遠藤 浩 補訂『民法 第10版』(勁草書房、2018年)256頁 | |
兄弟姉妹には遺留分がないから、配偶者と兄弟姉妹とが共同相続人である場合には、二分の一の遺留分は妻が独占する。 |
なお、司法書士の愛読書?!「家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務(第3版)」には、この点に関する記載がありませんでした。
民法改正によって「妻の遺留分が減らされた」ということはありません。
改正民法施行後に(又は改正民法を反映して)出版された書籍ではどうなっているのでしょうか?!
窪田充見 (神戸大学教授)/著『家族法 民法を学ぶ 第4版』(有斐閣、2019年)569頁 | |
③遺留分の算定 この遺留分の計算の基礎となる財産に,一定の割合を乗じて,遺留分が計算される。まず,どのような者が相続人であるかによって,一定の割合が乗じられ,全体としての遺留分(総体的遺留分)が決まる。すなわち,i直系尊属のみが相続人である場合には3分の1が,iiそれ以外の場合には2分の1が乗じられ,総体的遺留分が決まる(改正民1042条1項。iiには,配偶者のみが相続人の場合,子のみが相続人の場合,配偶者と子,配偶者と直系尊属のほか,配偶者と兄弟姉妹が共同相続人となる場合が含まれる。配偶者と兄弟姉妹が共同相続人となる場合,2分の1を乗じて計算される総体的遺留分を前提として,配偶者の個別的遺留分が決まる。他方,遺留分権利者ではない兄弟姉妹には,当然であるが,遺留分は認められない)。 次に,この総体的遺留分に,さらに各自の法定相続分を乗じて,それぞれの遺留分権利者の遺留分(個別的遺留分)が決まる(改正民1042条2項)。 |
安達敏男・吉川樹士・須田啓介・安重洋介/著『相続実務が変わる!相続法改正ガイドブック』(日本加除出版、2018年)161頁 | |
遺留分額は,改正民法1042条により,「遺留分を算定するための財産の価額」に「改正民法1042条1項1号又は2号規定の遺留分の割合」を乗じ,さらに,「遺留分権利者の法定相続分(改正民法1042条2項)」を乗じて算出します(下記算定式参照)。 この遺留分額の算出方法は,現行民法と同様です(現行民法1028条及び1044条による900条,901条の準用。なお,現行民法1044条は削除される。)。 |
「『遺留分権利者が複数いる場合には、遺留分権利者の法定相続分(改正民法1042条2項)』を乗じて算出します。」と記載していただければ、なお、分かりやすかったのかと思います。
山川一陽・松嶋隆弘/編著『相続法改正のポイントと実務への影響』(日本加除出版、2018年)206頁 | |
【計算式】 遺留分額 =(遺留分を算定するための財産の価額)×(新法1042条1項各号に掲げる遺留分率)×(遺留分権利者の法定相続分) |
こちらも同様に
×(〔遺留分権利者が複数いる場合には〕遺留分権利者の法定相続分)
と記載していただければ、なお、分かりやすかったのかと思います。
民法改正に際しては、法制審議会民法(相続関係)部会で種々協議がなされています。
ところが、この部会で「妻の遺留分を減ずる」旨の議論がなされた形跡はない。
ということは、改正民法においても「妻と兄弟姉妹が相続人となる場合における『妻』の遺留分は全遺産の1/2」ということになります。
なぜ改正施行されたばかりの改正民法は、条文だけを素直に読めば分かるように改正されなかったのか?例えば次のように。。。
『遺留分を有する』相続人が数人ある場合には、前項各号に定める割合は、これらに第900条及び第901条の規定により算定したその各自の相続分を乗じた割合とする。 |
ナゾは深まるばかりです。