かつて流行したものの、20年ほどで激減し、今はほとんど見ることのなくなった登記手続のスキーム「特別受益証明書」。
このコラムでは、「特別受益証明書」について検討します。ひょっとしたら、様式さえ変えれば、現代でも使えるかもしれませんよ?!
もくじ | |
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相続人である方が「自分は、被相続人からその生前に贈与を受けている(特別受益がある)ので、今回の相続発生に際しては、相続する権利がない」旨を書面にしたものを特別受益証明書といいます(相続分がないことの証明書、相続分不存在証明書ともいいます。)。
証 明 書 | |
私は、何某と婚姻の際(又は生計の資本として)、被相続人からすでに財産の贈与を受けており、被相続人の死亡による相続については、相続する相続分の存しないことを証明します。
平成○年○月○日 |
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何市何町何番地 被相続人 何 某 右相続人 何 某 ㊞ |
(香川保一〔編著〕/新訂不動産登記書式精義上巻/テイハン/平成14/1474頁)
相続分がないことの証明書 | |
最後の本籍 八王子市明神町三丁目8番地 最後の住所 同所22番1号 被相続人(昭和60年2月17日死亡) 京橋士郎 本 籍 八王子市明神町三丁目8番地 住 所 同所22番1号 相続人 京橋ミネ(大正15年3月5日生) 右相続人は、被相続人からすでに相続分以上の贈与を受けているので、被相続人の死亡により開始した相続については、受けるべき相続分の存しないことを証明します。 昭和60年6月10日 右相続人 京 橋 ミ ネ ㊞
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(髙妻新、荒木文明〔著〕/新版相続における戸籍の見方と登記手続/平成13/1269頁)
(超過特別受益者が死亡の場合)
相続分のないことの証明書 | |
最後の本籍 立川市錦町一丁目10番地 最後の住所 同所25番7号 被相続人(昭和50年3月28日死亡) 甲野虎八 最後の本籍・住所 被相続人と同じ 相続人(昭和51年3月19日死亡) 甲野フジ 右相続人は、被相続人からすでに相続分以上の贈与を受けているので、被相続人の死亡により開始した相続については、受けるべき相続分の存しないことを証明します。 昭和61年3月10日 右甲野フジ相続人 本籍 立川市錦町一丁目25番 住所 同所同番7号 甲 野 松 子 ㊞
同 本籍 文京区本郷一丁目5番 住所 同所同番6号 山 田 竹 子 ㊞
同 本籍 立川市錦町一丁目25番 住所 港区赤坂九丁目6番2号 川 上 梅 子 ㊞
同 本籍 立川市錦町一丁目25番 住所 同所同番7号 甲 野 一 郎 ㊞ |
(髙妻新、荒木文明〔著〕/新版相続における戸籍の見方と登記手続/平成13/1326頁)
なお、特別受益について、詳しく知りたい方は、記事「特別受益(の持戻し)」、記事「特別受益の持戻し免除」もご参照ください。
長男がいるときは長男が、長男がいないときには長女が全てを相続した時代です。
これが「特別受益証明書」に関する最古の登記先例だと思われます。
見出し | 共同相続人の1人が相続分なき場合の相続登記と証明書の添付の要否 |
要旨 | ●遺産相続人中1人が特別受益を受けたとして、相続分がない旨の事実を証する書面を添付し、他の相続人から相続登記申請があったときは受理する |
子であれば、長男であろうが二男であろうが、法定相続分が同じ時代の到来しました。
それでも、市民の中には、家督相続が根付いています。そこで、実質的に家督相続を行うべく、家庭裁判所への相続放棄申述が多用されるようになりました。
「相続の放棄によって相続財産を1人に集中すると税率が上がるようになった【1】ため、相続の放棄が激減した。これに代わり、形式的には共同相続の体裁をとりながらも、遺産分割協議により、実質的に一人に相続財産を集中する処理が潜行するようになったと言われる。」(潮見佳男著/詳解相続法/弘文堂/2018)
【1】「もっとも、現在の相続税法では、一部の相続人が放棄しても、放棄がなかったものとみなして基礎控除をおこなうため(相税15条2項)、かつてのような相続の放棄による納税面での不利はなくなった。」(潮見佳男著/詳解相続法/弘文堂/2018)
有料の登記先例検索エンジン「Legal Garden」を「特別受益」「相続分のない」などで検索しますと、昭和30年から昭和40年代にかけて多くの特別受益に関する登記先例が発出されています。
これは、この時期に「特別受益証明書」による相続登記手続が盛んに行われていたことを証明しています。
見出し | 被代襲者が特別受益者である旨の代襲者の証明書を添付した相続登記の受否 |
要旨 | ●共同相続人となるべき乙が、被相続人甲から相続分を超えて生前贈与を受け、乙が甲より先に死亡した場合、乙の代襲相続人丙が作成した乙は甲から特別受益を受けている旨の証明書を申請書に添付してした丙を除く他の相続人からの相続登記申請は、受理して差し支えない |
これが「特別受益証明書」に関する最後の登記先例だと思われます。
見出し | 伯国在留邦人の署名証明について |
要旨 |
●ブラジル在住の日本人が①相続分不存在の証明書②委任状③所有権移転の登記の嘱託承諾書④遺産分割協議書⑤住所地に関する宣誓書を提出する際、これに添附する本人の署名証明は、在外公館の証明に代えブラジル国の公証人の署名証明でも差し支えない
この場合の原文は、外国語により作成されたものでもよく、本人の署名は日本文字又はローマ字のいずれか、あるいはこれらを併記したものでも差し支えない |
昭和40年代から50年代にかけて、特別受益証明書の有効性が争われる時代が到来します【1】。
特別受益証明書を有効とした裁判例は「生前贈与を受けたという特別受益証明書の記載が事実に反していても相続分を他の相続人に譲渡又は贈与したものと認めるのが相当」ということを理由としてます。
要するに同じ文書を作成しても、裁判官によって「有効・無効」が揺らぐ書面は、書面として不十分といわざるを得ないのです。
【1】弁護士がピックアップした裁判例(「相続分なきことの証明書」、「特別受益証明書」の問題点/弁護士による大阪遺言・相続ネット/OSAKAベーシック法律事務所/最終アクセス220512)及び私が判例検索ソフトWestlawJapanで検索した結果によります。
上記弁護士さんのサイトがとても良くまとまっているので、裁判例については上記サイトをご参照ください。
いくら「手続が楽だ」「メリットも多数ある」といっても、「生前贈与を受けていない相続人に、生前贈与を受けた」と書かせることを良しとする司法書士が居なくなったことも理由としては大きいと思います。
私が「特別受益証明書」を作成してくれと依頼された場合には、当該相続人に生前贈与に関して事情聴取したうえ、遺産内容を一番把握している相続人にも事情聴取します。
そして、次のような文書にすると思います。
私は被相続人から、○年頃、○○の生前贈与を受けた。これは自己の相続分である○○円を超過するため、被相続人の死亡により開始した相続については、受けるべき相続分の存しないことを証明します。 |
後日「特別受益証明書」の効力が問題になったとしても、ここまで記載されていれば、その有効性は揺らぐ可能性が低くなるからです。
一部の相続人が協力しないために、遺産分割協議が成立しない場合には、他の方法も検討すべきです。他の方法には、次のようなものがあります。