相続分の譲渡・相続分の放棄


「相続分の放棄」は、「相続放棄」とは違います。

 

「相続分の譲渡」「相続分の放棄」は、主に遺産分割調停から離脱したい当事者に対する裁判所の運用として定着してきました。

 

「相続分の譲渡」は、自分の相続分を他人に譲渡する行為です。

「相続分の放棄」は、自分の相続分を要らないと放棄する行為です。

 

この記事は、専門家向けの内容です。

もくじ
  1. 「相続分の譲渡」「相続分の放棄」とは
  2. 「相続分の譲渡」の法的性質
    1. 遺産分割協議との比較
  3. 「相続分の譲渡」を受けるときの注意点
  4. 「相続分の放棄」の法的性質
    1. 相続放棄との比較
    2. 他の相続人の相続分に対する影響
  5. 「相続分の譲渡」と「相続分の放棄」の関係
  6. 人気の関連ページ

「相続分の譲渡」「相続分の放棄」とは


ざっくり言うと下表のとおりです。

  相続分の譲渡 相続分の放棄
  二者間の契約  単独行為
  自分の相続分を他人に譲渡する行為です。 自分の相続分を要らないと放棄する行為です。
要式 非要式行為 非要式行為
 

遺産分割協議の中でも可能

調停中でも可能

遺産分割協議の中でも可能

調停中でも可能

時期 遺産分割協議の成立まで

遺産分割協議の成立まで

以下、詳しく説明していきます。

相続分の譲渡の法的性質


遺産分割協議との比較

  相続分の譲渡 遺産分割協議
  二者間の契約  共同相続人全員の合意
遡及効 遡及効なし 遡及効あり(遺産分割協議成立の効果は、相続開始時まで遡る)
登記

法定相続分で登記した後、譲受人への移転登記を要する。【1】

法定相続登記を行なうことなく、遺産分割協議で相続人となった方へ直接移転登記可能。

相続分の譲渡を受けるときの注意点


具体的相続分がマイナスになっている相続人から相続分の譲渡を受けると、自分の具体的相続分と合算され、自分の具体的相続分が少なくなる。

具体的相続分がマイナスになっている相続人とは、被相続人から生前多額の贈与を受けていて(特別受益)、今回の遺産分割協議では、持戻しをする必要がある相続人のことです。

相続分の放棄の法的性質


相続放棄との比較

  相続分の放棄 相続放棄
効果

相続人であることには変わりない。

放棄された相続分は、他の相続人が元の相続分割合で取得する。

相続人でなくなる。

期間

制限

なし(遺産分割協議成立までに) 相続開始3か月内
手続 方式は決まっていない。【1】 家庭裁判所への相続放棄申述

相続

債務

相続分の放棄をしても相続債務【3】は法定相続分で負担する。 相続債務も承継しない

【1】「相続分の放棄」について、さらに詳しく調べていくと、次のような二説がありそうです。

もっとも書籍においても、ページ数を割いているものは少なく、Westlawで検索しても「相続分の放棄」の法的性質について触れている裁判例は、かろうじて二件しかありませんでした。

  共有持分放棄に類似の制度とする説【通説】 相続分譲渡に類似の制度とする説
形式 単独行為 契約
方法

他の相続人の承諾は不要。

自分が最後の唯一の相続人にならなければ、

相続分の放棄が許される。

他の相続人の承諾が必要。

自分以外に最低一人相続人が必要。

裁判例 東京高裁H29.9.13判決【2】

高松高裁S63.5.17決定【3】

【2】東京高裁H29.9.13判決(平29(ネ)501号、相続分不存在確認請求控訴事件、WestlawJapan)

 

事案の概要
  大韓民国の国籍を有する本件被相続人の長男である控訴人が、同三男である被控訴人Y2は本件被相続人の相続に係る自己の相続分を放棄し又は控訴人に譲渡したため、その相続分を失ったと主張して、本件被相続人の二男である被控訴人Y1及び被控訴人Y2との間で、被控訴人Y2が本件被相続人の遺産について相続権を有しないことの確認を求めたところ、原審が請求を棄却したことから、控訴人が控訴した事案

(上記、事案の概要はWestlawJapan)

判決文抜粋
 

我が国の民法において,相続放棄とは別に相続分の放棄の概念が認められ,調停や審判の手続と関係なく相続分の放棄が行うことができるとされている。そして,家事事件手続法施行前の家事審判法下でも手続に関与したくない相続人がいる場合に,相続分を放棄して手続から脱退するとの運用がされていたことは当裁判所に顕著な事実である。家事事件手続法施行前の学説においても,相続分の放棄は放棄者の相続分を他の共同相続人に無償で譲渡するのと異ならないとされている。我が国においては,相続分の放棄が遺産分割手続に関与したくない相続人を手続から排除するために行われ,家事事件手続法施行後も上記のとおり解されている。しかし,我が国の家事事件手続法43条に規定する家事審判手続からの排除について,韓国において,相続分の放棄に基づき手続からの排除を決定するような手続法の定め,あるいは解釈,運用がされているかについては,本件全証拠をもってしても明らかではない。・・・「事実上の相続放棄」との記載中に相続分の放棄ないし譲渡についての言及はあるが,それは,相続人中のひとりに相続財産を集中したい場合の手順を包括して呼称する概念とされており,具体的にみても,特別受益証明書(相続分皆無証明書)によるものとか相続財産分割協議書の作成によるものといった我が国でいえば明らかに相続分の放棄とは異なる概念を含んだものとなっているのであるから,事実上の相続放棄がいかなる実体法上の効力を有するものか明らかではない。それが何らかの実体法上の効力を有するとしても,その内容は,控訴人が主張する我が国の民法における相続分の放棄と同様のものではない可能性があるから,控訴人提出の各文献の各記載により韓国民法において我が国と同様の相続分の放棄との概念が認められているとすることはできないというべきである。

控訴人は,韓国民法において相続分の譲渡が認められる(同法1011条)ことに基づき,その類推解釈として相続分の放棄が認められるとも主張するが,相続分の放棄と相続分の譲渡では,単独行為と契約という法形式の違いに加え,効果にも違いがあるのであり,韓国民法において,そのような違いを踏まえても上記条文を類推適用して明文上規定のない相続分の放棄との概念が認められると解されていると認定するに足りる証拠は存しない。また,韓国民法278条,267条から相続分の放棄が認められるとの主張をするが,この条文から相続分の放棄を認めるに足りる証拠はない。

 

【3】高松高裁S63.5.17決定(昭63(ラ)7号、遺産分割申立審判に対する即時抗告申立事件、判時 1292号96頁)

判決文抜粋
 

相続分の放棄の意思を表明した相続人がある場合、他の相続人中にも譲受の意思のある者が確認されて意思の合致をみたときは、放棄の意思を表明した相続人の相続分を零とし、相続分譲受意思の確認された相続人が1名のときは全部、複数のときはその相続分に応じて按分した1部あてを帰属させるものとして遺産分割をなすべきものと解するのが相当

「相続分の放棄」をした相続人が負担する債務

→→→時間の流れ→→→

相続開始前に生じた債務

=相続債務

相続開始から相続分の放棄までに生じた債務

相続分の放棄後

に生じた債務

負担する。

CF.相続放棄

負担する。

∵相続分の放棄に遡及効なし

負担しない。

 

他の相続人の相続分に対する影響

【事例1】

相続人が、妻、長男、二男であるときに、

二男が①「相続分の放棄」をした場合と、②「相続放棄」をした場合とで他の相続人の相続分は?

  相続分の放棄 相続放棄
放棄前の相続分 妻2/4、長男1/4、二男1/4 妻2/4、長男1/4、二男1/4
二男が放棄 二男相続分を元々の比率で割り振る 二男は相続人でなかったことに
放棄後の相続分

妻2/3、長男1/3【1】

妻2/4、長男2/4【2】

【1】

元々の比率=元々の妻の相続分:元々の長男の相続分=2/4:1/4=2:1=2/3:1/3

妻=元々の相続分2/4+二男の相続分1/4×元々の妻の比率2/3=6/12+2/12=8/12

長男=元々の相続分1/4+二男の相続分1/4×元々の長男の比率1/3=3/12+1/12=4/12

【2】二男は相続人でなかったこと(=子は長男のみ)になるので、長男のみ相続分が増える。

【事例2】

相続人が、妻、長男、二男、長女であるときに、

長女が①「相続分の放棄」をした場合と、②「相続放棄」をした場合、他の相続人の相続分は?

  相続分の放棄 相続放棄
放棄前の相続分 妻3/6、長男1/6、二男1/6、長女1/6 妻3/6、長男1/6、二男1/6、長女1/6
長女が放棄 長女相続分を元々の比率で割り振る 長女は相続人でなかったことに
放棄後の相続分

妻3/5、長男1/5、二男1/5【3】

妻2/4、長男1/4、二男1/4【4】

【3】

元々の比率=元々の妻相続分:元々の長男相続分:元々の二男相続分

=3/6:1/6:1/6=3:1:1=3/5:1/5:1/5

妻=元々の相続分3/6+長女の相続分1/6×元々の妻の比率3/5=15/30+3/30=18/30=3/5

長男=元々の相続分1/6+長女の相続分1/6×元々の長男の比率1/5=5/30+1/30=6/30=1/5

【4】長女は相続人でなかったこと(=子は長男・二男のみ)になるので、長男・二男のみ相続分が増える。

「相続分の譲渡」と「相続分の放棄」の関係


「相続分の譲渡」を受けた相続分譲受人が、その後、「相続分の放棄」をすることの可否については、実務上、積極と解されている。

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