次の相続人の方は「単純承認」とみなされないように注意する必要があります。
このコラムでは、単純承認した(借金も無限に相続した)とみなされる「法定単純承認」について、ご説明いたします。
もくじ | |
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ご親族がお亡くなり相続が発生すると、相続人は次の4つのうち1つを選択できます。
(1)単純承認 | 相続人が被相続人(亡くなった方)の土地の所有権等の権利や借金等の義務をすべて受け継ぐ単純承認。単純承認した相続人同士で遺産分割協議をします。 |
(2)相続放棄 | 相続人が被相続人の生前持っていた権利(土地・建物・株券・貸付金など)や義務(借金など)を一切受け継がない相続放棄。良く「放棄した」という方がいらっしゃいますが、これは「遺産分割協議で相続する分がゼロであることを承諾した。」という意味であることが多く、法律上の相続放棄とは異なります。 |
(3)限定承認 | 被相続人の債務がどの程度あるか不明であり,財産が残る可能性もある場合等に,相続人が相続によって得た財産の限度で被相続人の債務の負担を受け継ぐ限定承認。単純承認では、相続したもののプラスマイナスがマイナスであった場合、相続人自身の財産から返済しなければなりません。 |
(4)期間伸長 | 3か月以内に(1)単純承認(2)相続放棄(3)限定承認どれにするか決めかねるとき、期間を延ばしてもらいます。 |
相続人が、(2)相続放棄、(3)限定承認又は(4)期間伸長をするには、3か月以内に家庭裁判所にその旨の申述をしなければなりません。3か月に間に合わなければ、(1)単純承認をしたものとなってしまいます。
民法921条(法定単純承認) 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。【1】 ① 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為【2】及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。 ② 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。 ③ 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、ひそかにこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。 |
単純承認とみなされてしまうと・・・どうなるか?!
民法920条(単純承認の効果) 相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。 |
つまり・・・借金も財産もすべて相続することになります。
【1】「みなす」というのは、反対の事実を証明しても、覆らないという意味の法律用語です。この場合、単純承認とみなされると、「相続放棄できない」ということになります。
ちなみに反対の意味の法律用語は、「推定する」で、反対の事実を証明すると、覆ります。
【2】「保存行為」というのは、財産に対する行為の一つです。
財産に対する行為には「保存」「管理」「処分」の三種類あります。
「保存行為」は、財産の価値をたもち、現状を維持する行為。例)修理
「管理行為」は、財産の性質を変更しない範囲で利用・改良を目的とする行為。例)賃貸
「処分行為」は、財産の現状を変更する行為。財産権の変動を生じさせる行為。例)売却
次表のとおりです。
〇=大丈夫
×=法定単純承認とみなされる=相続放棄できなくなる
との記号で表示しています。
種類 | 具体的な行為 | 結果 |
放置 | 「自分が相続人であること」と「借金があること」を知ってから3か月間放置した(何もしなかった) | ×∵民921② |
相続人が、被相続人の死亡の事実及び自身が相続人であることを知ったが、被相続人においてすべての財産を他の相続人に相続させる旨の公正証書遺言をしていたことから、自らは被相続人の積極及び消極の財産を全く承継することがないと信じた | △∵東京高裁H12.12.7決定。但し、相続放棄申述推奨【1】 | |
借金返済 | 被相続人が生前締結した代物弁済予約契約に基づき相続財産を相続債権者に代物弁済として譲渡した | ×∵大判S12.1.30 |
相続人自身の財産から、被相続人の借金を返済(相続債務を弁済) | 〇∵福岡高裁宮崎支部H10.12.22決定 | |
遺産から、被相続人の借金を返済(相続債務を弁済) | × | |
生命保険 | 団体信用生命保険の保険金請求手続きへの協力 |
〇∵保険金を受け取るのは、銀行であって相続人ではない。 |
相続人中の一人を受取人としている生命保険金の受領 | 〇∵受取人を相続人とした生命保険金は相続財産ではない。 | |
被相続人の保険金請求権に基づき保険金を請求受領 | × | |
葬式 仏壇 |
相続人自身の財産から葬儀費用を支払う | 〇∵相続財産を処分していない。 |
遺産から葬儀費用を支払う |
△不相当に高額でなければ ∵大阪高裁H14.7.3決定など |
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相続人自身の財産から墓石・仏壇を購入 | 〇∵相続財産を処分していない。 | |
遺産から墓石・仏壇の購入 |
△不相当に高額でなければ ∵大阪高裁H14.7.3決定など |
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香典受領 |
〇∵喪主への贈与 |
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健康保険から葬祭費(国民健康保険法58、高齢者の医療確保に関する法律86)・埋葬料(健康保険法100)を受け取る |
○∵受給者に直接支給され、被相続人とは関係がない。 |
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形見分け | 遺品の形見分けを受け取る | ▲ブランドものなど高価なものでなければ大丈夫。 |
遺品の形見分けと称して、財産価値のあるものを全て持ち帰る | ×∵相続財産隠匿(民921③)に該当する。 | |
貸付金 | 被相続人が他人に貸していたお金を相続人が回収 | ×∵最判S37.6.21 |
被相続人が他人に貸していたお金が消滅時効にかかりそうだったので時効中断した | 〇∵保存行為 | |
相続財産たる賃借権の確認訴訟を賃貸人に対して提起 | ×∵東京高裁宮崎支部H10.12.22 | |
建物管理 | 崩れそうな建物を修理した | 〇∵保存行為 |
相続財産たる建物を取り壊した | × | |
ほか | 携帯電話契約の解約 | 〇∵出費を抑える |
未支給年金の請求・受領 | 〇∵相続人の固有財産(最判H7.11.7) | |
代表取締役が死亡した際に、相続財産である自社株の議決権を行使して取締役を選任した。 | ×東京地裁H10.4.24判決【2】 | |
被相続人の所得の準確定申告(相続開始後4か月以内) | ▲【3】 | |
【1】東京高裁平成12年12月7日決定(事件番号:平12ラ2421。事件名:相続放棄申述却下審判に対する抗告事件) | |
要旨
◆相続人が、被相続人の死亡の事実及び自身が相続人であることを知ったが、被相続人においてすべての財産を他の相続人に相続させる旨の公正証書遺言をしていたことから、自らは被相続人の積極及び消極の財産を全く承継することがないと信じた場合には、当該相続人についての相続放棄の熟慮期間は、債権者から催告を受け、これにより債務の存在を知ってから三か月であるとされた事例 ◆相続人が相続開始時において相続財産が存在することを知っていたとしても、自らは被相続人の財産を全く承継することがないと信じ、かつ、このように信じたことについては相当な理由があった場合には、被相続人死亡の事実を知ったことによっては未だ自己のために相続があったことを知ったものとはいえないとした事例 ◆相続人が遺産分割協議書を作成したとしても、それが相続財産の一部を被相続人がした遺言の趣旨に沿って他の相続人に相続させるためにしたものであり、自らが相続し得ることを前提に他の相続人に相続させる趣旨でしたものではないと認められるとして、これをもって単純承認をしたものとみなすことは相当でないとした事例 (要旨:WestlawJapan) |
本決定は、公正証書遺言の内容を知っていたため、相続放棄をしなかった場合において、後日、債権者から相続債務の請求を受けた相続人を救済したものです。
もっとも、この決定は「公正証書遺言がある場合には、相続放棄しないで良い」という意味ではありません。遺言で相続する財産がない場合であっても、被相続人に借金がある可能性があるときには、迷わず相続放棄申述をしましょう。
【2】遺産分割協議未了の時点で、株主権行使代表者の選定決議書(会社法106条)を提出したうえで、議決権行使を行った場合に、法定単純承認となるのかは、不明。
【3】所得税の申告義務者が、その申告をせずに死亡した場合、相続人が「被相続人の所得を確定申告」することになります。これを所得税の準確定申告といいます。準確定申告は、相続の開始があつたことを知つた日の翌日から4か月を経過した日の前日までに、しなければなりません(所得税法124)。
この「準確定申告を行なったこと」が、法定単純承認に該当するのか否かを判断した裁判例は見当たりません。準確定申告は公法上の義務であるから法定単純承認ではないと考えることも可能ですし、準確定申告をすることによって被相続人の国に対する納税義務が確定する債務承認行為であると考えると法定単純承認に該当しそうです。
ですから、相続放棄を検討している場合には、準確定申告を行なわないのが正解だと思います。
法定単純承認とみなされると影響が大きいので、微妙な案件の場合には、最高裁判例でもない限り、私ならば止めておくようにアドバイスします。
(令和元年12月・あなまち司法書士事務所・司法書士佐藤大輔)
現金は、後見人にお願いして預金に預け入れしてもらい、なおかつ口座をロックしてもらってから引き継ぐと良いでしょう。また、どうしても現金であれば、数えた後で、茶封筒に入れ後見人印で封印をしてもらってから引き継ぐと良いと思います。封筒には「決して開封しないように」と明記しておくと間違って開封することもないでしょう(令和3年2月・あなまち司法書士事務所・司法書士佐藤大輔)。