相続開始時に被相続人が所有する建物に住んでいた配偶者が、終身又は一定期間、その建物を無償で使用できる権利です。
遺産分割協議や遺言で配偶者居住権を取得することが出来ます。
配偶者居住権は登記することによって、第三者にも対抗することができます。
配偶者居住権は、2020.4.1以降に開始した相続にのみ適用があります。それ以前に開始した相続では配偶者居住権を設定することが出来ません(附則10Ⅰ)。
もくじ | |
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次のような事例で考えてみましょう。
相続人:妻と子ども一人
相続財産:自宅2500万円、預貯金2500万円 |
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法定相続分は、妻:子=1:1=2500万円:2500万円
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現行制度(2020.3.31までに開始相続) | 改正制度(2020.4.1以降開始相続) |
妻は自宅を取得すると、預貯金を取得できない。 【妻】 自宅(2500万円) 【子】 預貯金(2500万円) |
妻は自宅で居住しながら、預貯金も取得できる。 【妻】 配偶者居住権(1000万円)+預貯金(1500万円) 【子】 負担付所有権(1500万円)+預貯金(1000万円)
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妻は預貯金を取得すると、自宅を取得できない。 【妻】 預貯金(2500万円) 【子】 自宅(2500万円) |
(配偶者居住権の負担が消滅した時点の土地建物価値)を算出
建物の耐用年数、築年数、法定利率等を使って計算する。
(負担付所有権の価値)
負担付所有権を相続した方は、配偶者居住権が消滅するまで土地建物を利用できないので、その分の収益可能性を割り引き計算する必要がある。
(土地建物の現在価値)ー(負担付所有権の価値)=(配偶者居住権の価値)
例えば・・・
1億円の居住用不動産について、妻が居住権(5,000万円相当)、長男が負担付所有権(5,000万円相当)を相続した。
妻が死亡すると・・・配偶者居住権(5,000万円相当)は、消滅します。
その結果、長男の負担(5,000万円相当の居住権)は消滅し、完全な所有権(1億円相当)を取得できます。長男が相続したのは5,000万円だったのに、あら不思議、差額5,000万円を無税で取得できたことになります。
配偶者居住権には、次のような課税がなされます(財務省「令和元年度税制改正の解説」より)ので、その設定には、慎重な検討が必要です。
〇=納税者にとってメリット
×=納税者にとってデメリット・リスク
場合 | 課税される可能性のある税金 |
配偶者居住権を設定したとき | 〇 相続税 |
配偶者居住権の存続期間満了による消滅【1】 | 〇 なし(同解説503p)【2】 |
配偶者居住権に基づき居住していた配偶者が死亡したとき | 〇 なし(同解説503p)【2】 |
配偶者居住権の存続中に所有者が死亡したとき(配偶者より先に所有者死亡) | 〇 配偶者居住権を控除した所有権について相続税 |
配偶者居住権の存続期間中に、合意解除(無対価)したとき | × 配偶者から所有者へ贈与があったものとみなして、建物所有者に贈与税 |
配偶者居住権の存続期間中に、配偶者が居住権を放棄したとき | × 配偶者から所有者へ贈与があったものとみなして、建物所有者に贈与税 |
配偶者居住権の存続期間中に、所有者が配偶者に対して、配偶者の用途違反などを理由に、配偶者居住権の消滅の意思表示をしたとき | × 配偶者から所有者へ贈与があったものとみなして、建物所有者に贈与税 |
【1】配偶者居住権の存続期間は、「終身」と定めることも、例えば「10年」というような有期で設定することも可能です。
【2】配偶者居住権が消滅するのであって、所有者に配偶者居住権が移る訳ではない。所有者に使用収益権が戻るのは、配偶者居住権の消滅の効果に過ぎないため。
配偶者の立場 | 子の立場 |
〇 居住用不動産を妻が相続しない場合には、親子間の仲が良かったとしても配偶者居住権の設定は、必須【1】。
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〇 親の居住用不動産を子が相続する場合に、親の居住権を確保したいなら、設定は必須【1】 × 親が居住用不動産から退去し、配偶者居住権の放棄とみなされると、贈与税の負担が生じる可能性がある。 |
【1】例えば、相続人が妻と長男の2人のときに、妻が居住している不動産を長男が相続する場合で検討してみると分かりやすいです。
妻子の仲が円満であったとしても、長男が妻よりも先に死亡して、長男夫婦に子どもがいると、妻は、長男の相続人ではありません。妻と、長男の妻子との仲が良ければ良いでしょうが、それも何年も先のことは分かりません。 いきなり、長男の嫁から「お義母さん、出て行ってください」と言われることがないようにするためには、妻は配偶者居住権を取得することは必須です。
配偶者居住権は、生まれたばかりの法制度で、運用しながら改善されていくものです。
それまでは遺言書や遺産分割協議書の内容で工夫をしていく必要があります。
たとえば、次のような条項は入れるか否か検討する必要があります。
配偶者居住権は、配偶者から建物所有者に対して、強制的に買取りを請求出来ません。
一方で、配偶者が勝手に配偶者居住権を放棄すると、建物所有者に多額の贈与税が発生するリスクがあります。
放棄する場合に、建物所有者が配偶者居住権者に支払う対価の額や算定方法をあらかじめ決めておくことは双方にとってメリットがあります。
「増改築」は、建物所有者の承諾がなければできません(民法1032Ⅲ)。また、賃貸借の場合と異なり、承諾に代わる許可の制度(借地借家法17Ⅱ参照)も配偶者居住権の場合にはありません。
「上に当てはまらないバリアフリー化工事」であれば、建物所有者の承諾なく工事できます。
「増築」や「改築」が必要になりそうな場合には、あらかじめ遺言や遺産分割協議書で、どの程度の増改築であれば認めるのかを定めておく必要があります。
第三者への賃貸も、建物所有者の承諾がなければできません(民法1032Ⅲ)。
将来、生活がどう変わるかわかりません。配偶者が施設に入居することもあるでしょう。あらかじめ遺言や遺産分割協議書でその旨を定めておくと良いかもしれません。
もっとも、配偶者居住権は、配偶者の死亡により消滅しますので、配偶者死亡の際には自動的に大家さんが建物所有者に変更されるというような賃貸借契約書上の工夫も必要です。
財産を遺される方が存命中に、配偶者とともに行なう配偶者居住権の設定仮登記です。
配偶者居住権を確保するためには、遺言では配偶者にとって大きなリスクを伴います。リスクを完全に回避するためには、配偶者居住権の仮登記を行なうことを強くオススメいたします。もっとも仮登記を出来るのは、財産を遺される方が存命中である場合に限られます。詳細はコチラをご覧ください。
登記の目的 始期付配偶者居住権設定仮登記 登記の原因 年月日 設定 (始期 夫の死亡) 存続期間 配偶者居住権者の死亡時まで 権 利 者 妻 義 務 者 夫 登録免許税 不動産価格の1/1000(登録免許税法別表第1-1⑿二) |
1.まず建物所有権の相続による移転登記を行ないます。
登記の目的 所有権移転 登記の原因 年月日 相続(又は遺贈) 相 続 人 (被相続人夫) 長男 |
2.次に配偶者居住権の設定登記を行ないます。
登記の目的 配偶者居住権設定登記 登記の原因 年月日 設定 存続期間 配偶者居住権者の死亡時まで (特約 第三者に居住建物の使用又は収益をさせることができる。) 権 利 者 妻 義 務 者 長男(建物所有者) 登録免許税 不動産価格の2/1000(登録免許税法別表第1-1(3の2)) |
建物の所有権移転登記を先行させないといけないことに伴う配偶者のリスク
などの場合、配偶者は配偶者居住権の設定の登記ができず、第三者に対抗できません。
第三者に対抗出来ないでいる間に、
されると配偶者は、泣く泣く住み慣れた自宅から出ていかないといけません。
● 財産を遺す方が存命中の場合には、仮登記を行ないます。
● 財産を遺す方が死亡されている場合に、現時点で考えられる唯一のリスク回避策は、
司法書士を登記申請代理人に選任し、相続登記と配偶者居住権設定登記を連件で申請するように依頼することだけです。
司法書士に依頼すれば、相続登記だけを行なって、配偶者居住権設定登記を申請しないということはありません。
●遺言が「特定財産承継遺言で、かつ、遺言執行者も選任していた」場合、次のような登記をすることは出来ないか検討を要する。
①長男名義への相続登記(遺言執行者の単独申請)
②配偶者名義への配偶者居住権設定登記(権利者:妻、義務者:遺言執行者)
※ 遺言執行者といえど、長男の所有になった(被相続人の財産ではなくなった)物に対して執行できないから無理か。
●遺言が「遺言配偶者居住権と遺言執行者のみについて定め、建物所有権を承継する者について定めがない」場合、次のような登記が出来ないか検討を要する。
①法定相続分による相続登記(妻:法定相続人の保存行為として)
②配偶者名義への配偶者居住権設定登記(権利者:妻、登記義務者:遺言執行者)
※ 遺言執行者といえど、長男の所有になった(被相続人の財産ではなくなった)物に対して執行できないから無理か。
●建物所有者となった者の意向次第で、配偶者居住権が対抗要件を備えられないというのは、余りにも法の不備。法改正が望まれる。
概ね1か月ほど
司法書士の手数料 | 実費 | |
配偶者居住権の設定登記 | 110,000円(税込) | 登録免許税など(不動産評価額の2/1000) |